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「──誰、それ・・・?」
夕飯には間に合うように帰って来なさい、というシェラの言いつけをきちんと守ったキニアンとカノンは、リビングに見知らぬ顔があって首を捻った。
背の高い女性かとも思ったが、カノンの本能が「違う」と言っている。
何より問題なのは、当然のような顔でソナタの横に座っていること。
──そこはぼくの席だ。
言おうとしたカノンをじっと見ていた金色の美人は、碧眼を限界まで見開くとソファの背を飛び越えた。
猛ダッシュでカノンめがけてやってくる麗人に抱きつかれる直前、キニアンが自分の腕の中に引き寄せたわけだが、子どものような瞳をした美人はふたり諸ともガシッ、と抱きしめた。
これには固まってしまったカノンとキニアンである。
「──美骨!!」
そして耳元でそう叫ばれ、何か恐ろしいものでも見るような顔つきになった。
「──シェラ、何なのこの人!」
「ソナタの彼氏~」
「か────」
きゃっきゃと嬉しそうにしているソナタとは対照的にカノンは顔面蒼白になった。
「──いつ!!」
「二時間前~」
「にっ、──はぁぁぁぁ?!」
顎が外れそうになっているカノンとは逆に、キニアンは「これでシスコンも卒業だな」とちいさく笑っている。
直後ものすごい眼で睨まれたが、さっさと視線を外した。
「・・・・・・誰が」
許可した、と言おうとしたカノンだったが、両手を取られてぶんぶん振られてタイミングを逃した。
「いやぁ、まさかまさか、お兄ちゃんの骨格がここまでとは」
「・・・お兄ちゃん?」
「ソナタちゃんのお兄ちゃんでしょう?」
「・・・何であなたに『お兄ちゃん』なんて・・・」
「もうおれ感激しちゃったよ~!」
「・・・人の話を」
「しかも、彼氏の骨も見事だ!・・・筋肉のつき方はちょっと薄いけど」
ベタベタ腕や肩に触られたキニアンだったが、不思議と嫌な感じはしない。
医者の触診に似ている。
見知らぬ男に触られているというのにされるがままになっているキニアンに、痺れを切らしたのはカノンだった。
「触るな、ぼくのだ」
その男前な台詞にいっそ感動しそうになったキニアンだったが、金色の青年は明るく笑った。
「あ、大丈夫、大丈夫。おれ、女と間違われることあるけど、同性愛者じゃないから」
「ぼくだってそうだ」
「あ、もしかして『コイツだから好きなんだ』ってやつ? うわぁ、かっこいいなぁ~」
手を叩いて喜んでいる様子が、色彩は正反対だが黒髪の魔法使いと重なった。
そして、じっと青年の顔を検分した後、深くため息を吐いた。
「・・・ソナタ」
「なぁに?」
「この人のどこが好きなの」
「顔。あ、あと何か面白い」
間髪入れず返った台詞に、カノンは何となくそんな気がしていたとはいえぐったりして青年を見上げた。
「・・・あんなこと言われてますけど?」
「うん。おれもソナタちゃんの骨格にひと目惚れしたわけだし」
「ほ、骨・・・?」
「うん。骨。シェラさんもきみもきみの彼氏も、近年稀に見る美骨だ!」
ふふふ、と笑っているどう見ても男装の麗人にしか見えない青年に、カノンは考えることを放棄した。
「・・・シェラ、お腹空いた」
「うん。ヴァンツァーはもうちょっとかかるみたいだから、皆で先に食べようか」
「──あ。俺手伝います」
「ありがとう」
シェラに対してはにっこりと微笑むキニアンは、キッチンに向かう直前、カノンの頭をくしゃりと撫でて睨まれた。
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・・・父が帰ってこんな。ヴァンツァーはライアンを見た瞬間にもすべてを悟り、
「赦さん」
とか呟くのです。
そしてそれを聞いたシェラさんに、
「お前が赦すかどうかなんて聞いてない。娘の成長を少しは喜べ」
とか言われるに違いない。なんせシェラ母さん美形好きだから(笑)で、ヴァンツァーが顔を顰めるのです。
「あんな、どこの馬の骨とも分からん男・・・」
「・・・いや、お前が言うな──っていうか、やっぱり男だって分かるか?」
「当たり前だ。骨格が違う」
俺は『玄人』だ、と腕を組む男に、シェラは内心こっそり「このふたり、実は気が合うんじゃないかな」とか思ったりするのですよ。
うへへへへ。平和だ。一部不穏だけど、でも平和だ。