小ネタや更新記録など。妄想の赴くままに・・・
ったら、楽しいな。
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──その日、大国タンガの王太子は『宝物』を手に入れた。
ザワザワというよりは、ガヤガヤ。
あまりにも執務室の外が騒がしくて、この国の第一王子──王太子は、山のように積まれた決裁書を捌いていた手を止めた。
「・・・何だ?」
賊にしては、人の声が煩いだけで剣戟の音や魔法を使う気配はない。
ただ、ドスドスと人の足音がする。
──お待ち下さい!
──ここから先は!
口々に制止の声をかけるのは衛兵だろう。
王太子の執務室まで乗り込んでくる骨のある大臣の顔も、いくらか思い浮かぶ。
さて、財務か軍部か。
宰相は有能極まりないが、害になりそうな人間はあえて排除しない。
そんな輩は、わざわざ手を下さなくても勝手に自滅する。
本人の言だが、己の手を下しはしなくとも巧妙に誘導はしているだろう、と王太子は見ていた。
「──で、殿下?!」
悲鳴のような声が部屋の外から届く。
呼ばれたら、出向かないわけにはいかないだろう。
王太子は若干面倒くさそうにしながらも、内から扉を開けさせた。
「どうした、随分騒がし──」
執務室から一歩出た王太子は、まず思ったよりも扉の前に人がいなかったことに眉を寄せた。
ではなぜあんな騒ぎに、と思い、ざわめきの中に荒い呼吸音を聞き取って視線を下げた。
「──お前」
太陽の下では金にも見える琥珀色の瞳が瞠られる。
王太子は、濃い色の髪と浅く日に焼けた肌、よく鍛えられた長身の美丈夫だ。
女が10人いたら確実に10人が振り返り、ほぼすべてが恋をするだろうほどの美形だった。
「護衛必要ですか?」と近衛に言われるほど武芸に秀で、王立学院の教授たちが諸手を上げるほどの秀才。
性格は鷹揚だが決断は早く、よく笑うが沈着冷静。
『完全無欠』と評される男は、足元の大きな塊に目を瞬かせた。
「あ、あに・・・あに、うえ・・・」
ぜぇはぁ、などという可愛らしいものでは済まない大袈裟なほどの過呼吸を繰り返すのは、お菓子が大好きな彼の弟。
では先程の『殿下』は彼のことか。
「あに・・・うえ」
一国の王子が、床に這いつくばり、助けを求めるように手を伸ばす。
どう見ても行き倒れだ。
しかし、周囲の兵士の誰一人として、第二王子に手を貸そうとはしなかった。
「よお、どうした?」
よいしょ、とぐったりしている弟を、うつ伏せの状態から仰向けにする。
白い額には汗がびっしりで、王太子は眉を寄せた。
何かに追われてきたのだろうか、だがそれにしては周囲の兵士が戸惑ったような顔しか見せないのが気にかかる。
「あに・・・あに、うえに・・・お、お願い、が・・・」
「──お願い?」
弟の持つ魔力が、人の身には大き過ぎるものであることを、王太子はよく理解していた。
意図的に使えば、それは万の軍にも匹敵するだろう。
その力から『化け物』と、その見た目から『白豚』と呼ばれることも、知っている。
「珍しいな。で? 何だってそんなに息切れしている?」
「は、はし・・・走って」
「走って?」
王族としては、たとえ王城内であろうと褒められた行為ではない。
けれど、王太子はまた「珍しいな」と呟いた。
「飛んで来なかったのか」
第二王子が、水差しやお菓子の籠ですら宙に浮かせて動かすことはよく知られている。
彼自身も、移動の際に歩かないことも。
それがなぜ、と思った王太子の眼下で、藍色の瞳が瞬く。
「飛んで・・・とん・・・──飛んでぇぇぇぇぇ!」
──ビシャーーーーーンッ!!
明るい真昼にも関わらず一瞬外が強い光に満たされ、次いで空気を震わせる轟音。
訓練された兵士はもちろん、大抵のことには動じない王太子でもさすがに肩を揺らして窓の外を見遣る。
そうだその手があった! と言わんばかりの絶望した表情で額の上に自分の腕を置く王子。
王子の動揺が招いた現象だろう、と兵たちは顔を見合わせた。
「・・・で? お前さんは、何だってそんなに慌てて?」
内心を押し隠した王太子に、白い顔を青褪めさせた第二王子は告げた。
「う、うま」
「馬?」
「馬が、欲しいのです」
「・・・羽が生えてたり、角がついてたりするやつか?」
「え? いえ、普通の」
「普通の?」
「はい、普通の馬が欲しいのです」
どうしたら良いのでしょう? とまだ整わない息の向こうから不安そうに訊ねる王子。
琥珀色の瞳を瞬かせた王太子は、首を傾げた。
「馬、怖いって言ってなかったか?」
「あの、てんし──」
「──天使?」
青かった顔を一気に紅くして口を押さえた弟の言葉に目を丸くした王太子は、横たわった大きな身体を持ち上げた。
ざわめく周囲に、視線だけで「持ち場に戻れ」と指示する。
立たせようとしたのだが、へにゃへにゃと脚に力が入らない様子の弟にそれを諦め、壁に凭れさせる。
「あの・・・シェラ、シェラ・ファロット伯爵令嬢が・・・」
「シェラ嬢が、馬欲しいって?」
「欲しいというか、馬に乗りたいと・・・」
「ふぅん」
何だかにやにやしている超絶美形の兄の顔を直視出来ず、王子は俯いた。
この兄には、邪険に扱われたことがない。
積極的に関わろうともしていなかったかも知れないが、表でも陰でも罵られたことはない。
それに勇気を得ての行動だったが、無謀だったろうか?
「いいぜ」
「──え?!」
「話聞かせな」
立ち上がった王太子は、今度は弟を立たせようとはせず、そのまま抱き上げた。
「うわっ! うわわ!!」
窓の外が強風でガタガタ言っているのも、きっと王子の動揺の現れだろう。
王太子は子どもを抱き上げるようにするとそのまま自分の執務室へ入ろうとする。
──あれが持ち上がるのかよ。
どこかから聞こえてきた声に王子の丸い身体がビクリと震える。
一瞬立ち止まった王太子は、声のした方にほんの少しだけ視線を流して答えた。
「──俺の女房より軽いぜ?」
表情は笑っているのに視線が冷たくて、兵士たちは顔を真っ青にした。
+++++
「よお、アイアン・メイデン」
正面からかけられたその言葉に、シェラは脚を止めた。
そうして真っ直ぐこちらに向かってくる偉丈夫に、美しい笑みを向けた。
「まあ、近衛騎士団長様。ごきげんよう」
完璧な淑女の礼を取る伯爵令嬢に、団長はその男らしい顔を顰めた。
「・・・やめろ、お前に丁寧に挨拶されるとムズムズする」
「酷い仰っしゃりようですこと」
ぷん、と軽く頬を膨らませる様子も大層可愛らしいが、団長は鳥肌の立つ腕を擦り、彼の一歩後ろにいる副官は仕方なさそうに笑っている。
「本当にやめろ」
「お言葉そっくり返します」
一気に冷たくなる声音と視線。
背後からかけられた声であれば無視したものを、と忌々しげに団長を見遣る。
「漁食家の団長があのような暴言を淑女に吐くなど、知られたら遊び相手もいなくなりましょう」
「いや、淑女とか・・・」
「何ですか?」
虫けらでも見るような態度に、団長は大仰に肩を竦めた。
「お前は、本当に見た目と中身が伴わんな」
「余計なお世話です」
「黙っていればふるいつきたくなるような美女だというのに」
「──そういえば、殿下に余計なことを吹き込みましたね?」
冷たい、どころではない。
それはもう殺気だった。
反射的に身構え剣の柄に手をかけようとした団長の喉元に、ピタリ、と細剣の切っ先が突きつけられる。
抜刀の瞬間すら目に入らなかった。
「・・・おいおい。さすがにそれはまずいだろう」
「見られなければ良いのです。で? 殿下にいらぬことを吹き込んで、何が目的です」
「いらぬこと?」
「とぼける気ですか」
「そんなつもりはない。何のことだ」
「殿下に言われたのです──ドレスの下に隠している武器について教えてくれ、と」
凍てつくようなシェラの視線に晒された団長は「ほんとに言ったのか・・・」と愕然とし、副官は「春ですねぇ」と呑気に笑みを浮かべている。
「わたくしの立場はあくまであの方の話し相手です。それなのに・・・あの方は『やっぱり自分みたいな化け物には教えてもらえないのかな』と哀しそうな顔をなさるのです」
その時のわたくしの気持ちがあなた方に分かりますか? と。
きつく睨みつけながらも、その紫水晶のような美しい瞳には涙が浮かんでいる。
「まぁ・・・何だ、その・・・殿下も男だからな」
「男だから何だと言うのです。男はみな武器に興味を持つとでも仰っしゃりたいのですか?」
「そりゃあ持つだろう。若く健康な男子なら」
「殿下には知る必要のないことです」
「そんなわけなかろう! お前は殿下の気持ちを弄ぶ気か!」
「なぜわたくしが!!」
一触即発の様相を呈するふたりの横で、副官は懐疑的な顔つきになった。
「ふたりとも、ちょっと待って下さい」
ギンッ、と鋭く睨みつけられるが、そんなものはどこ吹く風。
いちいち気にしていたら、腕も家柄も抜群のエリート集団のくせになぜか悪ガキの溜まり場のようになっている近衛の副官(オカン)などやっていられない。
「あー。殿下は素直ですからね。団長の言葉を、そのまま伝えたのでしょう」
「・・・どういうことです」
「刺さないと約束して下さいます?」
「刺されるような内容なのですか」
「むしろ、わたしとしては女性の耳に入れたくない内容ですね」
「・・・殿下に何を言ったのです」
「シェラ嬢の考えるドレスの下の武器とは、その手にお持ちの細剣やナイフ──まぁ、暗器類のことでしょう?」
「それ以外に何か?」
「は? ナイフ?」
「団長はお静かに。軍のエリート集団とはいえ、近衛も若い男の集まりですからね。隠語と言いますか・・・つまり、ドレスの下の武器とは、女性の肉体のことですよ」
菫色の瞳が零れ落ちそうに見開かれる。
「特に若く美しいご令嬢であれば、その美貌や肉体は社交界でのし上がり生き抜くための武器となりますからね。それを自分の前に曝け出して欲しいという、まぁ、砕けた口説き文句です」
「・・・殿下は、その意味を・・・?」
「どうでしょうかね。ミステリアスな女性を口説くときの言い回しを教えただけで、解説はしてませんから」
「それならばあの方は──」
耳元でささやかれた言葉を思い出し、息を呑む。
ブワッ、と頬が熱くなる。
言われたときには青褪め、手が震えすぎて針を持てなくなった。
驚いたように目を瞠り、それから労るように見上げてきた青い瞳に、何と返したのか覚えていない。
──あれは・・・口説き文句・・・?
「なるほど、殿下の恋も前途多難ですね」
「というか、こいつら両想いだろう。何の障害がある」
コソコソささやきあう団長と副官の言葉は、シェラの耳に入らない。
「あ──あなたたちが余計なことを言うから、殿下を哀しませてしまったではありませんか!」
絶叫するシェラに、団長は胡乱な眼差しを向けた。
「ほお。では意味を正しく理解し、お前にも正しく伝えていたら受け入れた、と」
「なっ!」
「お前が馬に乗りたいというから猛特訓して軍馬を操り、ほとんど生まれて初めてやさしくしてくれたひとを守りたいからと全身痣だらけになりながら剣を習い、クッキーに野菜のペーストを混ぜて焼いてくれるお前のために苦手なものでも積極的に食べるようになった」
「・・・」
「そんな殿下の想いに応える用意が、お前にあると?」
「・・・」
「お前の言う通り、殿下の心根は美しい。ちょっと甘ったれではあるが、自分が決めたことは投げ出さない。俺の剣を捧げるのに、何の不満もない」
シェラは涙を零さないよう、奥歯をぐっと噛み締めた。
「・・・殿下を守るのはわたくしの剣です」
「だったら話し相手だなんて言わずに、護衛だと名乗ればいい」
「嫌です」
「どうしてでしょう?」
「殿下はきっとこう仰るでしょう。『わたしが強くなれば、シェラは護衛なんてしなくていいよね』と」
にっこりと微笑んで。
「それがわたくしを気遣う言葉だということは分かっています。ですが、殿下にまで剣を置けと言われたら・・・死んでしまう」
他の誰に何を言われようが、もう気にしない。
けれど、あの方にまで否定されたら、生きていけない。
「それはないでしょう」
副官の声に、シェラはゆっくりと顔を上げた。
「殿下はきっとこう言うと思います。『シェラがわたしを守ってくれるなら、わたしはシェラを守るから、ずっと一緒にいようね』と」
言われてシェラは、はっとした。
やさしくて、強くて、ちょっと甘ったれな殿下の、はにかむ表情さえ思い浮かぶようだった。
「まぁ、『でも、シェラが危ないのは嫌だなぁ・・・』と哀しそうな顔をして、あなたが絆される姿も目に浮かびますけどね」
くすっと笑う副官に、シェラは言い返せなかった。
だから、強引にではあったが話題を変えた。
「ほ、他にも殿下を惑わせるようなことを仰ったでしょう」
「どれだ。色々言いすぎて覚えておらん」
「あと2、3年もすれば女が目の色を変えて飛びかかる、と」
何だそれか、と団長は肩の力を抜いた。
「事実だろう」
「殿下はご自身にかけられた呪いの類ではないかと怖がっておいでです」
お可哀想に、と眉を寄せるシェラに、団長は珍妙な生き物を見る顔つきになり、副官は笑いを噛み殺す表情になった。
「・・・何がおかしいのです」
余計なことを言えば首と胴体が切り離されそうな殺気。
軍ではエリート中のエリートである近衛の、更に上澄みふたりは、一瞬視線を合わせると揃って両手を上げた。
「分かった、分かった。今度から殿下と会話するときは、婉曲的な表現は使わないようにする」
「全然分かっておられないようですね。表現方法の話をしているのではありません。余計なことは──」
団長を睨みつけていたシェラだったが、はっとして細剣を納刀した。
ふわり、とほんの少しドレスの裾が揺れた以外、何も目に入らない。
きっと細く白いであろう脚に、どれほどの数の暗器が仕込まれているのか。
「シェラーーーーー!」
自分の足で駆けても息を切らさなくなった第二王子の用件は、王太子妃殿下とのお茶会の誘いだった。
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悪意を放つ人間が多すぎて埋もれてますが、仔豚ちゃんは結構愛されてるですよ。
あっという間に週末が終わってしまう・・・明日、宣言解除されるのかしら・・・
11:42 ヴァンシェラ、レティシェラ両方好きです。応援してます♪ by noritama
noritama様
こんばんは(^^)応援ありがとうございますー。私も両方好きですー。レティシアは単品でかっこいいですからね。意外と惚れた女には真摯なところもポイント高しです。私の書くヴァンツァーは原型とどめていませんが、私は彼が大好きです。誰が何と言おうと、大好きです(笑)これからも気が向いたときに気が向いたものを書いていきたいと思いますので、お暇なときはお付き合い下さい。
拍手をくださった皆様、返信不要で拍手をくださっている皆様、ありがとうございます。
楽しんでいただけているのが分かると、胃が痛くなる思いをしながら働いて、休日は死んだように眠りながら覚醒の合間を縫って物書きしている甲斐があります(笑)
意外と、仔豚ヴァンツァーにポツポツ拍手をいただけているのか、嬉しい限りです。あ、完全無欠の王太子殿下はケリーです。驚愕の声を上げる衛兵たちに「──俺の女房より軽いぜ?」とか言いながら仔豚ちゃんを軽々抱き上げるお兄様素敵。ナジェックは庶子だな、うん。
友人との話し合いの中で、国王陛下はゾラタス様かしら? という話になりました。魔王もかくや、な魔力を持つ仔豚ちゃんを切り捨てる非情さを持った王様が、ゾラタス様くらいしか浮かばず。
デルフィニアは隣国かな。そこからジャスミン嫁いで来ればいい。ジャスミンとリィが姉妹とか(笑)勝てる気がしない(笑)
仔豚ちゃんが貴公子になる空白の3年間を描いたら楽しいだろうなー。
書いたことのないだろうこの男を書いてみようと思う。
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──黒い白豚。
この国の、王子のことだ。
混じり気のない黒は魔の色。
王子は人間だったが、黒髪を──強い魔力を持って生まれた。
その気になれば国ひとつ消し飛ばすことなど造作もないほど強大なそれに、周囲は腫れ物に触るような態度を取った。
魔力封じの護符すら焼き切り、感情が荒ぶれば嵐を呼び、涙を流せば洪水を起こす王子は畏怖の対象であり、どんな我儘も叶えられた。
王子は王太子ではなかったが、本人が望めばその地位すら手に入っただろう。
けれど、15歳──この国での成人の儀を終えたばかりの王子は、昼寝とお菓子を愛する怠惰な少年であった。
──難しいことは、優秀な兄上にお任せしておけばいい。
わたしは心を穏やかに、晴天と適度な雨で、この国を豊かにしよう。
揺り椅子に座りながらクッキーを食べるのが、王子の最大の幸福だった。
幼少期から楽しいこと、好きなことばかりを繰り返してきた王子の頬は真ん丸で、ちいさな子どもであれば可愛いと言われただろう。
その高い魔力のおかげで、移動に足を使わず、欲しい物は宙に浮かせて手にしてきた。
痛いのは嫌だと剣の稽古をせず、怖いからと馬にも乗らず、人に会うことを避けて部屋に引きこもり、お菓子ばかりを食べていれば自然──太る。
王子はやさしい子であったが、自分の力が恐れられていることを知っていた。
目の前にいるときはにっこりと微笑む役人や貴婦人が、陰で自分を「豚」と言っていることも。
──まぁ、事実だ。
そう思って、ナッツとチョコがたっぷり入ったクッキーを口に運んでいたが、籠に盛られていたそれもあと僅か。
おかわりを所望しようと呼び鈴に魔力を流し込む直前、コンコンコン、とドアが3度鳴らされた。
呼んでもいないのに、人が来るのは珍しい。
首を傾げた王子は、ちいさな声で「・・・どうぞ」と呟いた。
ドアは開かない。
確かにノックの音が聞こえたのに、と思った王子は、今度はもう少し大きく「どうぞ」と言った。
それでもドアは開かない。
聞き間違いだろうか、と思ったものの、王子はドアノブに魔力を込め──目を、瞠った。
「あら、ご在室でしたか」
そこには真っ白な──王子とは正反対の色彩を持った女性がいた。
雪白の髪に、白い肌、瞳の色は菫色。
「・・・天使?」
薄青のシンプルなドレスを纏った貴婦人の背に羽は見えなかったが、清らかな美貌も相まって、天使か精霊のようであった。
「・・・あなたは、誰?」
問われた天使は、見惚れるほどの完璧なカーテシーをもって応えた。
「シェラ・ファロットと申します。お目通り願え光栄でございます、殿下」
「・・・」
ぽかん、としている王子の前で、その貴婦人は深く膝を曲げたまま微動だにしない。
時が止まったかのような錯覚を覚えた王子だったが、はっとして「楽にして!」と告げた。
ゆっくりと身を起こしたシェラの美貌に笑みはなかったが、身体の前でそっと手を重ねて背筋を伸ばす、それだけの姿勢が素晴らしく美しく見えた。
「・・・ファロット、伯爵家の人?」
「はい」
「宰相に、娘さんはふたりいたと思うけど」
半分独り言のように呟いた王子の言葉にシェラは軽く目を瞠り、そうしてふわりと微笑んだ。
「長女でございます」
その答えよりも、雪解け水の中に咲いた一輪の花のような美しい笑みに、王子は息を呑んだ。
一瞬で消えてしまったそれが、瞼の奥に焼き付いている。
ファロット伯爵家の長女。
落ち着いた様子は、自分よりも年上に見える。
「殿下のお話相手を仰せつかってございます」
「──話し相手?!」
仰天の声にも、シェラは静かに佇んだまま。
一国の王子だ、侍女や侍従が数名つくのは当たり前。
「・・・わたしの?」
疑いの声を持ってしまうのは、己の魔力ゆえだ。
物を浮かせ、触れもせずドアを開け、感情が昂ぶれば天災を起こす。
そんな王子の側仕えをしたいと言う物好きなどいない。
いや、実際にはいるのだが、呼ばなければ来ない。
「・・・なぜ?」
問えば、きょとんとした表情が返ってきた。
そんなことを言われるとは思ってもみなかった、とでも言いたげなシェラの様子に、王子も首を傾げた。
「恐れながら殿下」
「・・・はい」
「なぜ、とは?」
「・・・だって」
自分は化け物だ。
皆がそう思っていることは知っている。
化け物とは恐ろしいものなのだ、と子どもの頃に呼んだ本に書いてあった。
「・・・あなたは、わたしが怖くないの?」
聞いてしまって、失敗したと思った。
王子相手に、面と向かって「怖い」と答える人間などいるわけがない。
「──まぁ、その尋常でない太り方は恐ろしいですが」
「──え?」
「え?」
「・・・」
しばし見つめ合ったふたりであったが、口を開いたのは王子であった。
「ふと・・・太り方、が・・・怖いの?」
「さすがに健康に悪いですから」
「・・・」
真顔で頷くシェラの様子に、王子は絶句した。
「殿下?」
首を傾げるその様子に、嘘はなさそうだ。
「・・・わたしは・・・あなたを、こ・・・殺してしまうくらいの、魔力がある」
嵐を呼び、地鳴りを起こす力だ。
か弱い女性ひとり引き裂くなど、わけもないだろう。
「そうなんですか」
「・・・」
分かりました、とでも言いたげに頷くシェラに、王子は瞬きを返した。
「・・・殺してしまうかも知れないんだよ?」
「殺したいのですか?」
逆に問われ、王子は慌てて首を振った。
「殿下は、過去にその力で人を殺めたことが?」
これにも首を振る。
「では、何か問題が?」
「・・・」
ないのだろうか?
ないような気がしてきた。
けれど。
「・・・嫌ではないの?」
「何がでしょう?」
「わたしの話し相手なんて、誰もやりたがらない」
「そのようですね」
「・・・」
正面から肯定されると、さすがに傷つく。
明るかった窓の外が急に暗くなり、ポツポツと水滴が当たる音がする。
「雨が」
「・・・」
「間違っていたら謝罪いたします。この雨は、殿下が?」
「・・・たぶん」
「哀しかったのですか?」
俯く王子の足元に、シェラは膝をついた。
ほっそりとした手が、ぷっくりとした、白く、やわらかい手を取る。
「殿下は、おやさしいのですね」
「・・・え?」
驚き、室内では黒くも見える深青の瞳を丸くする。
「わたくしを傷つけることが、嫌だと思っていらっしゃる」
「・・・ちがう」
そう、きっと違う。
「わたしは・・・」
自分が傷つくのが嫌なだけだ。
この美しい人に、「化け物」と罵られるのが嫌なだけ。
「雨が止んだら、お散歩に参りましょう」
「──散歩?」
「王宮の薔薇園が見事なのだと伺いました。ご案内いただけませんか?」
行ったことはないが、場所は知っている。
王族と、その許しがあったものしか立ち入ることが出来ない場所。
「・・・薔薇が、好きなの?」
こわごわと訊いた王子に、シェラはほんのりと頬を染めて「はい」と答えた。
窓を叩く音は、もう聞こえなかった。
+++++
自らの足で部屋から出てきた王子を、衛兵たちは驚いた目で見て、慌てて道を開けた。
一歩後ろをついてくるシェラを、王子はちらちらと振り返りながら歩いている。
「危のうございますよ?」
「・・・」
一度視界から外れてしまえば、天の国に帰ってしまう気がして。
「じゃあ、隣・・・歩いて」
「わたくしは臣下です」
「・・・」
こういうとき、どう伝えればいいのか知らない。
だから王子は、黙って歩いた。
「まぁ」
王宮の中庭から薔薇園へ向かおうとして、シェラが足を止めた。
だから、王子も立ち止まって後ろを向く。
「シェラ?」
「あ、いえ・・・失礼いたしました殿下」
困ったように足元に目を落とすシェラを見て、王子は首を傾げた。
「どうかした?」
「その・・・水が」
水? と思ってシェラの視線を追えば、大きな水溜り。
「水溜りに入るのが嫌なの?」
「・・・殿下の、お目汚しになりますから」
「わたしの?」
よく分からなくて首を傾げた王子だったが、シェラの着ているドレスも靴も薄い色をしていた。
泥水に触れたら、きっと茶色くなるだろう。
それは嫌だな、と思った。
「手を」
「──手、でございますか?」
驚かれるだろうか?
怖がられるだろうか?
「・・・目を、閉じて」
「目を?」
「わたしがいいと言うまで、決して開けないで」
「はい」
シェラは言われた通りに目を閉じ、軽く手を持ち上げた。
指先に王子の手が触れ、ちいさく肩が動く。
「目を、開けないで」
「はい」
向かい合ってシェラの両手を取った王子は、意識を集中させた。
お菓子の入った籠や水差しなら持ち上げたことがあるけれど、──人は、初めてだ。
出来ることは分かっている。
誰に教えられなくても。
ふわり、とふたりの身体が浮いた。
「・・・え?」
「開けないで」
「・・・」
大した高さではない。
拳ふたつ、みっつの高さ。
落ちても怪我はしない、けれど、慎重に。
そのままふたりは大きな水溜りを越え、滑るように移動した。
衛兵たちのざわつく声が耳に入ったが、シェラは目を開けなかった。
しばらくして、カツン、とちいさな音が立ち、自分の身体が重くなったような感覚を受けた。
「目を、開けて」
「はい」
ゆっくりと、白い瞼の奥から菫色の瞳が現れる。
ちょうど正面に、王子の丸い顔。
不安そうな顔で俯いている王子の黒髪の向こうに、見事な薔薇のアーチ。
「──まあ!」
赤、オレンジ、黄色。
様々な色の薔薇が、先程までの雨露に濡れて輝いている。
足元は泥水などではなく、石畳だった。
「殿下が運んでくださったのですか?」
「・・・え?」
「違いました?」
違わないので首を振る。
シェラは、ほんの少しだけ寂しそうな笑みを浮かべた。
「わたくしが、怖がるとお思いになった?」
「・・・」
「だから、目を?」
「・・・」
答えないでいる王子の、繋いだままの手をぎゅっと握る。
黒い頭が跳ね上がり、目が合う。
「やはり殿下は、おやさしい方です」
「そんな、ことは・・・」
「帰りも、同じようにしてくださる?」
「──え?」
「今度は、目を開けていてもよろしいでしょう?」
もう秘密は分かってしまいましたもの、と告げるシェラを、王子は泣きそうな顔で見つめた。
「でん──」
──ぽぽぽぽぽんっ!
軽い音を立てて、アーチを覆う薔薇の密度が増えた。
「──え?!」
菫色の目を真ん丸にしたシェラは、王子の顔をまじまじと見つめた。
泣きそうな顔をしている──けれど。
「・・・嬉しかった、のですか?」
訊いた瞬間、王子の白い頬が真っ赤に染まった。
その様子に、シェラはくすっと笑った。
「庭師泣かせですわね、殿下は。薔薇が一気に開花してしまいました」
「──え?! あ、謝らないと!」
オロオロしていると、アーチの向こうから走ってくる人影。
「何だこりゃ?!」と大声で叫ぶ声も聴こえる。
きっと庭師だ、と思い、王子はやってきたその人に「ごめんなさい!」と言った。
黒髪の少年を見てそれが誰だか分かったのか、庭師と言うよりは鍛冶屋といった風情の大柄な男は、一歩だけ身を引いた。
「ご、ごめんなさい! 悪気はなかったんです!」
「え・・・え?」
高貴な身分の少年の必死な様子に、庭師は戸惑ったように頬を掻いた。
「殿下が見事な薔薇の様子をお喜びになって、蕾まで咲かせてしまったのです」
「はぁ・・・そうですかい」
喜んだのは薔薇の見事さにではないが、強い魔力を持った王子が天候を操ることは知られている。
花くらい咲かせるのかも知れない、と思った庭師は、王子に訊ねた。
「・・・気に入ったなら、持っていきますかい?」
「──え?」
青い瞳を真ん丸にした王子に、庭師は咲き誇る薔薇を指差した。
「王子様でしょう?」
「・・・はい」
「この薔薇園の花は、王族なら持ち出してもいいことになってますんで」
「・・・は・・・はい! ください!」
王子が笑顔になると、また花の量が増えた。
「──あ、わっ! ご、ごめんなさい!」
「・・・いえ、花も喜んでるってことでしょうから」
あたふたする王子と困惑顔の庭師の様子に、シェラは目許を笑ませた。
「どうぞ、奥の薔薇も見てやってください」
その間に花を用意しておく、という庭師の言葉に、王子とシェラはアーチを抜けて薔薇園に足を踏み入れた。
+++++
シェラが馬に乗りたいと言うから、乗馬を始めた。
健康のためにと勧められて、剣術の稽古をつけてもらうようになった。
部屋にある外国語の物語を読んで聞かせたら、シェラが喜んだ。
シェラとお茶を飲みながら食べるクッキーは最高に美味しくて──ひとりだと、味気なくなった。
「ねぇ、シェラ」
「はい、殿下」
「また服が大きくなっちゃったんだ」
お茶を用意していたシェラに、これ、と言って厚みのある上等な藍色の生地で出来た上着を見せる王子。
上は真っ白なシャツ一枚の王子の姿に、シェラは頷いた。
「新しいものを仕立てさせましょう」
「え、いいよ、もったいない。服はいっぱいあるんだ──大きさが合わないだけで」
シェラよりもずっと背の高くなった王子は、ねだるような視線を向けた。
「・・・シェラ、裁縫得意だろう?」
「淑女の嗜み程度には」
「腕周りとお腹周りを、もうちょっとちいさくして欲しいんだ」
ため息を零したシェラは、「肩周りは?」と訊ねた。
「そのままでいい。あんまりぴったりしてると、剣を振るとき邪魔になるから」
「分かりました」
「ありがとう!」
輝くような王子の笑顔に、シェラは仕方なさそうな笑みを返した。
「では、お預かりします」
「ここでやればいいよ」
「ですが道具が──」
言ったときには、目の前に裁縫箱。
「・・・殿下」
にこにこと笑ってシェラの用意したお茶に手をつけた王子は、別の上着を用意するつもりはなさそうである。
「シェラは魔法使いだね」
本物の魔法使いの王子にそんなことを言われても、と思ったシェラではあったが、大人しく王子の前に座り、糸切り鋏を手に取った。
「いつも、あっという間に直してくれる」
「恐れ入ります」
淡々と糸を切り、迷いなく針を進める。
王子は飽きることなくその様子を見ながら、シェラに話しかける。
「団長が、変なこと言うんだ」
「変なこと?」
団長──近衛騎士団長は、王子の剣術の師匠でもある。
王族を直接警護する近衛は、剣の腕はもちろん、家柄と見目も重視される騎士の花形だ。
「あと2、3年もしたら、ご婦人方が目の色を変えてわたしに飛びかかってくるようになるって」
「・・・」
「それって、二十歳になったら発動する呪いか何かかな?」
「・・・」
怖いなぁ、と呟く王子をちらりと見遣り、シェラはすぐに手元に視線を戻した。
歩くよりも転がった方が早いと陰で揶揄されていた王子は、成長期で背も伸び、乗馬や剣術で鍛えていることもあって、今や輝く美貌の主となった。
高い魔力を表す漆黒の髪は艷やかで、青い瞳は理知的、頬と顎のラインは鋭角で肩は広い。
ぽっこり真ん丸だったお腹は、鬼のように強い近衛騎士団長と、柔和ながら有無を言わさない強さを持つ副官に鍛えに鍛えられ、鋼のように硬くなった。
化け物だ豚だと言われて育った本人にはさっぱり自覚がないようだが、兄である王太子を除けばこの国一番の貴公子だ。
「呪いの気配はしないけど・・・」
「・・・呪いではないと思います」
「──シェラ、何か知っているの?!」
あなたが大層な美形であることならば、と思わず口にしそうになったシェラだったが、飲み込んだ。
言っても、この王子はきょとん、とした顔をするに決まっているからだ。
それに、この王子は役人と女性が苦手だ。
自分が好意を持たれているとは思わないだろう。
「いえ・・・」
「宰相にも相談したんだ」
「──父に、ですか?」
「宰相は知らないことがない人でしょう?」
「・・・」
そう言われたら、きっと本人は「知ってることしか知らないよ」と笑うだろうことが想像できるシェラだった。
厭味かと。
「父は何と?」
「それが、団長よりもっと分からないんだ」
「と、言いますと?」
「お嫁さんをもらえば分かりますよ、って」
「・・・」
そのお嫁さんをもらうまでが大変なのではないか、と思ったシェラだった。
「だからうちの娘はどうですか? って」
「──は、ぃっつ・・・」
思わず縫い針で指先を刺してしまい、シェラは顔を顰めた。
「珍しい」
言って、怪我をしたシェラの左手を、王子は両手で包み込んだ。
ほわり、と指先が暖かくなる。
「ありがとう、ございます」
「どういたしまして」
にっこりと微笑んだ王子が手を離せば、そこには傷跡ひとつない白い指先。
まったく何をやっているのだ、と内心嘆息したシェラだったが。
「男勝りで嫁の貰い手がなくて困っていた、って」
「──は・・・え、何がですか?」
「シェラは淑女でしょう?」
「・・・えぇ」
「じゃあ、妹さんのことかな?」
「・・・」
「でも、シェラの妹さんって何歳だっけ?」
「・・・9歳です」
「9歳じゃ、まだお婿さん探しは早いよね?」
「・・・」
「それなら、嫁の貰い手がないのはシェラなのかな?」
どう答えて良いのか分からず、シェラはチクチクと針を進めた。
「どうしてだろう? シェラは綺麗で、お茶も美味しくて、裁縫も上手なのに」
「・・・」
「そう言えば団長が」
今度はまた団長か、と片袖を縫い終えたシェラはもう片方に取り掛かった。
「稽古をつけてくれるようになったときに訊かれたんだ。どのくらい鍛えればいいのか、って。どのくらいとか言われてもよく分からなくて、だから逆に訊いたんだよ──シェラを守れるくらい強くなれますか、って」
「・・・」
「そうしたら、団長すごい変な顔して」
「・・・」
「アスティンは吹き出しそうになってた」
「・・・」
「何でそんな顔されるのか分からなかったんだけど、この3年すごい厳しく稽古つけられた。何度ももう無理だって思ったんだけど、その度にふたりに言われるんだよ──シェラを守りたいんだろう、それならもっと強くなれって」
「・・・」
「あぁ、か弱い女性を守り抜くのって、大変なことなんだなぁ、って思った。おかげで、魔力を使わなくても近衛くらいには戦えるようになった」
頬杖をついた王子は、シェラがお茶と一緒に用意した蜂蜜の香りがするクッキーを口に運び、嬉しそうに微笑んだ。
相変わらず甘いものに目がない王子だったが、シェラが作るお菓子は特に好きなようだ。
「今日は人参だ」
「──え」
分かるんですか、と驚いた顔をしているシェラを横目に、王子は2枚目のクッキーに手を伸ばす。
「おから、って言うんでしょう? カリンが言ってた。豆を水でふやかして、潰して、すごく手間がかかるんだって」
「・・・」
「わたしが野菜を食べないから、シェラが考えてくれたって」
3年前と比べて、王子の口から出てくる名前が増えた。
口数も。
「ありがとう、シェラ」
笑顔も。
「・・・いえ」
「具合悪いの?」
──ち、かい・・・!
焦点が合わなくなるほど近くに迫る美貌に、シェラは思わず引いた。
「・・・大丈夫?」
心配そうな藍色の瞳。
ずっと人と接して来なかったから他人との距離感を測るのは苦手なようだが、傷つけられて育った王子は、自分が人を傷つけてしまうことにも敏感だ。
「・・・わたしが我儘を言うから、怒っている?」
「・・・いいえ」
「本当に怒っていない?」
「はい」
「本当に?」
「はい」
「本当の、本当に?」
「はい」
「本当の、本当の、本当に?」
「はい」
「結婚して」
「は・・・──は?」
シェラが目を丸くすると、どこかから軽い破裂音が聞こえた気がした。
警戒するよう、素早く周囲を見回す菫の瞳。
「シェラは、天使だからね」
「で、殿下?」
「化け物は嫌か」
「──殿下!」
「わたしなど、良くて白豚だ」
「・・・」
今の王子を見てもまだそんなことを言うものはいないだろうが、それは幼い王子の心を深く傷つける言葉だったのだろう。
サァサァと雨が降っている。
「殿下」
「3年後には死ぬかも知れないし」
「呪いではありません」
「まだ団長に勝てないし」
「十分お強くなられました」
「じゃあ結婚してくれる?」
「・・・」
微妙な顔つきになったことを、自覚はしているシェラだった。
王子は目に見えて落ち込んだ。
「豚はダメか」
「そうではなく」
「じゃあ結婚してくれる?」
純真そのものの瞳で見つめられ、シェラは座り直して王子の上着を縫うことにした。
「・・・やっぱり、団長みたいな男振りでないとダメなんだろうか」
顔だけなら団長より上です、とは思ったけれど言わないシェラだった。
「それとも、アスティンのような色気・・・?」
そのうち越えます、とも思ったけれど、口にはしない。
「はっ! 兄上のような政治手腕だろうか!」
国をふたつに割るのはお控え下さい、と内心思う。
「せ、世界征服なら怖いけど頑張る!」
「怖いなら大人しくしてて下さい!」
「だって女性はちょっと危険な男に憧れるんでしょう?」
「・・・殿下は、わたくしをいくつだとお思いですか」
「女性はいくつになっても少女だって、団長が」
「・・・」
女の敵が、と思いはしたが、この王子にあまり汚い言葉は覚えて欲しくない──関わっている面々的にだいぶ手遅れのような気もするが。
「・・・それとも、す、好きなひとがいるのかな?」
「おりません」
本当? とシェラの足元に膝をつく。
「殿下! 王族がそのような」
「妻には跪いてもいいって」
「また団長ですか」
「ううん、兄上」
揃いも揃ってこの国の男どもは無垢な王子に何を吹き込んでいるのか。
痛む頭を抱えたシェラの膝に手を置き、王子は何かを期待するように見上げてくる。
「・・・こんな年上の女の、どこが良いのです」
「シェラがいいんだ」
年上とか、年下とか関係ないよ、と微笑まれてしまえば、頬に熱が上る。
「わたくしは、たぶんあなたが思うような女ではありません」
冷たく突き放すように言えば、王子は目を丸くしたあとで嬉しそうに笑った。
「じゃあ、わたしの知らないシェラを、たくさん教えて」
「殿下・・・」
「そうだな、たとえば」
伸び上がった王子は、シェラの耳元でささやいた。
──ドレスの下に隠している、武器のこととか?
**********
王子、それはセクハラです。
昨日の昼から書き始めて、オチがつけられなくて24時間経過した。
仔豚なヴァンツァーが書きたくて。
小ネタやめてサイトか拍手に掲載しろと。
おはようございます。今日はテレワークです。座椅子でPCいじるのは、仕事だときついです。
ちょっと眠気はありますが、昨日食べた松屋のチキン南蛮が美味しかったから頑張る。
**********
ページの移行先をなかなかみつけられなくて、しばらくぶりにここに来られて嬉しかったです。読みたい作品の多くでぺーじがみつからないと表示されるのですが、またアップされることはないのでしょうか…… by kisa
12日 12:56 kisa様
お返事遅くなってすみません。サーバ自体変わってしまって、ブログくらいしか残っていなかったので、失礼いたしました。またいらしていただけて嬉しいです。
もう、サーバ変えて1年半くらいになるのですが、なかなか移転作業する気力が残ってなくて。休日は屍のようになっています・・・。前のサイトはコードがイラッとするくらい汚くて全部書き直さないといけないので、コピペして終わり、というわけにはいかないのが辛いところです。
そのうち徐々に増えていくかとは思いますので、気長にお待ちください(^^)
拍手をくださっている皆様、サイトにいらしてくださっている皆様、ありがとうございます。やらなきゃいけない仕事の量と気力が比例せず、困ったもんです。テレワークでも普通に仕事出来てしまう職種なのでのんびりは出来ませんが、移動がないのはありがたいです。
気温もどんどん上がってきて、30℃くらいになる日もちらほらあるので、皆様もどうぞ体調など崩さないでくださいね。
では、仕事します。
続編的な話。こちらを先に読んでも読めんことはない。たぶん。
あ、カテゴリーファロット一家にしてますが、子どもがいる設定というだけで、実際に子どもたちは出てきません。
あ、カテゴリーファロット一家にしてますが、子どもがいる設定というだけで、実際に子どもたちは出てきません。
**********
「無理を言って済まない」
「とんでもないことでございます。お客様の旅が少しでも素晴らしいものになるよう、お手伝いをさせていただければ幸いでございます」
焦げ茶の髪をきっちりと撫で付けたチーフコンシェルジュは、四角い顔にやわらかな笑みを浮かべて見せた。
柔和ながらも、己の仕事への自信と自負が見て取れる。
「迷惑ついでに、もうひとつ頼みたい」
「わたくしどもに出来ることでしたら、何なりと」
「このホテルには、ジュエリーとドレスのショップがあったかと思うが」
「はい。どちらも2階にございます」
「妻への贈り物を選びたい。引き出した紙幣はそちらへ。残りは、明日部屋へ届けて欲しい」
「かしこまりました」
案内は不要とし、ヴァンツァーは2階のジュエリーショップへと向かった。
妻への贈り物を、と告げると、綻びひとつなく黒髪を結った女性店員は品の良い笑みを浮かべた。
「承っております。奥様の髪や瞳の色と合わせたものになさいますか?」
その言葉に軽く目を瞠ったヴァンツァーであったが、外出先でなおかつ女性相手には珍しいことに、嬉しそうに微笑を浮かべた。
「ピアスがいい。石は、カラーがない方がいいな」
「シンプルなものをお好みでしょうか?」
「あぁ──あ、いや」
言葉を切り、ヴァンツァーは少し考える素振りを見せた。
顔を上げると、「デザインは華やかなものがいい」と告げる。
「妻はとても美しい人なんだが・・・何というか、あまり物欲のない人で」
普段、あまりねだってくれないんだ、と寂しそうな表情浮かべる男の美貌も素晴らしいものであったが、対応するヘッドチーフの肩書を持つ女性は微笑ましそうな表情で頷いている。
「半分仕事で来たから、あまり華美な服は持ってきていない。華やかなピアスを贈って、ドレスもねだってくれたら嬉しい」
その様子を思い描いているのか、怜悧な印象を与える切れ長の瞳がやさしく笑みを浮かべる。
「それでしたら、こちらなどいかがでしょうか? 伝統的なモチーフですが、揺れるループが耳元を華やかに演出いたします。奥様は御髪が長くていらっしゃいましたから、結い上げるとより一層エレガントですわ」
「あぁ、このブランドは妻も好きだ。サンフラワーのリングを贈ったことがある」
「さようでございましたか」
あ、そうだ、と。
ヴァンツァーは悪戯を思いついたように、頼み事をした。
「ドレスを選ぶとき、少し襟の開いたデザインを勧めようと思う。きっと胸元が寂しいと言うと思うから、同じシリーズのネックレスを用意してやって欲しい。ドレスショップへ持ってきてもらえるだろうか?」
「かしこまりました」
そしてヴァンツァーは、引き出されてきた現金で支払いを済ませると、最上階のスイートへと向かった。
+++++
1週間滞在したホテルのチェックアウトをするとき、ヴァンツァーは満面の笑みとともにチーフコンシェルジュへと礼を言った。
「あなたたちのおかげで素晴らしい時間を過ごせた。この星へ来る際には、またここを使わせてもらう」
隣のシェラはちょっと困ったような顔をしている。
『プレゼント大作戦』の片棒を担いだホテルの職員たちは、天使のような奥方の荷物が来るときの倍くらいに膨れ上がったのを知っているので、その表情の理由がなんとなく察せられた。
けれど、どんな理由があろうと、その中身は大抵シェラが自分から欲しいと口にしたものだ──多少の誘導があったのは間違いないが。
「お客様にそう仰っていただけるのが、我々にとって最大の喜びです」
カウンターから出てきたコンシェルジュは、ちいさな紙のバッグをヴァンツァーに渡した。
「・・・これは?」
バッグは無地で、どこかのブランドを表すようなロゴもない。
中にはちいさな箱が入っているようだが、非常に軽い。
焼き菓子の類だろうか? と首を捻るヴァンツァー。
「奥様からのプレゼントでございます」
「──シェラ?」
藍色の瞳を大きく瞠るヴァンツァーに、シェラは「してやったり」とばかりに胸を反らした。
「ファロット様は、サリュリュ貝について調べていらっしゃるとか」
「あ、あぁ」
「染料として用いられることの多いサリュリュ貝ですが、天然物はごく稀に真珠を内包するのです」
「聞いたことはある。だが・・・まさか」
「サリュリュ真珠のタイピンだ」
ふふん、と得意げな顔をするシェラに、ヴァンツァーは絶句した。
サリュリュ貝が真珠を抱える確率は、10万に1つにも満たない。
嘘だろう、と思いながら小箱を取り出して開ければ、優美な線を描く白金の台座の上に、金色に輝く真珠。
「・・・真円の、ゴールドカラー」
今度こそ「嘘だろう?」と口にしてしまった。
「お前の言った通りだ。このホテルのスタッフは非常に優秀だ」
たった1週間で、奇跡とも言えるひと粒を見つけ出した。
「ネクタイもカフスも買ったけど、どうしてもタイピンだけは気にいるのがなくて買えなかったからな」
いやぁ、この星に来て良かった、と満足そうな笑みを浮かべるシェラ。
サプライズも成功したので、ホテルのスタッフたちに礼を言う。
「なぁ、着けて、着けて」
わくわく、と子どものような目を向けてくる妻に苦笑し、ヴァンツァーは今使っていたシンプルなタイピンを外すと、プレゼントされたものに付け替えた。
黒と紫のダークカラーのネクタイに、それは非常によく映えた。
「うーん・・・」
難しい顔をするシェラに、「どこかおかしいか?」と訊ねるヴァンツァー。
「何というか・・・控えめに言って、最高にかっこいいな」
あはっ、と笑みを浮かべられ、思わず手で顔を覆った。
恥ずかしいんだか嬉しいんだか知らないが、とりあえず耳まで赤くして死にそうになっている男の背を押し、シェラはホテルのスタッフにもう一度礼を言って頭を下げた。
「また来ます」
「お帰りを、心よりお待ち申し上げております」
深々と頭を下げてくる従業員たちに見送られ、ふたりは帰路についたのだった。
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ピアスのブランドは、少年魔法使いみたいな名前のあれ。ダイヤと言えば、このブランド。
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