小ネタや更新記録など。妄想の赴くままに・・・
続編的な話。こちらを先に読んでも読めんことはない。たぶん。
あ、カテゴリーファロット一家にしてますが、子どもがいる設定というだけで、実際に子どもたちは出てきません。
あ、カテゴリーファロット一家にしてますが、子どもがいる設定というだけで、実際に子どもたちは出てきません。
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「無理を言って済まない」
「とんでもないことでございます。お客様の旅が少しでも素晴らしいものになるよう、お手伝いをさせていただければ幸いでございます」
焦げ茶の髪をきっちりと撫で付けたチーフコンシェルジュは、四角い顔にやわらかな笑みを浮かべて見せた。
柔和ながらも、己の仕事への自信と自負が見て取れる。
「迷惑ついでに、もうひとつ頼みたい」
「わたくしどもに出来ることでしたら、何なりと」
「このホテルには、ジュエリーとドレスのショップがあったかと思うが」
「はい。どちらも2階にございます」
「妻への贈り物を選びたい。引き出した紙幣はそちらへ。残りは、明日部屋へ届けて欲しい」
「かしこまりました」
案内は不要とし、ヴァンツァーは2階のジュエリーショップへと向かった。
妻への贈り物を、と告げると、綻びひとつなく黒髪を結った女性店員は品の良い笑みを浮かべた。
「承っております。奥様の髪や瞳の色と合わせたものになさいますか?」
その言葉に軽く目を瞠ったヴァンツァーであったが、外出先でなおかつ女性相手には珍しいことに、嬉しそうに微笑を浮かべた。
「ピアスがいい。石は、カラーがない方がいいな」
「シンプルなものをお好みでしょうか?」
「あぁ──あ、いや」
言葉を切り、ヴァンツァーは少し考える素振りを見せた。
顔を上げると、「デザインは華やかなものがいい」と告げる。
「妻はとても美しい人なんだが・・・何というか、あまり物欲のない人で」
普段、あまりねだってくれないんだ、と寂しそうな表情浮かべる男の美貌も素晴らしいものであったが、対応するヘッドチーフの肩書を持つ女性は微笑ましそうな表情で頷いている。
「半分仕事で来たから、あまり華美な服は持ってきていない。華やかなピアスを贈って、ドレスもねだってくれたら嬉しい」
その様子を思い描いているのか、怜悧な印象を与える切れ長の瞳がやさしく笑みを浮かべる。
「それでしたら、こちらなどいかがでしょうか? 伝統的なモチーフですが、揺れるループが耳元を華やかに演出いたします。奥様は御髪が長くていらっしゃいましたから、結い上げるとより一層エレガントですわ」
「あぁ、このブランドは妻も好きだ。サンフラワーのリングを贈ったことがある」
「さようでございましたか」
あ、そうだ、と。
ヴァンツァーは悪戯を思いついたように、頼み事をした。
「ドレスを選ぶとき、少し襟の開いたデザインを勧めようと思う。きっと胸元が寂しいと言うと思うから、同じシリーズのネックレスを用意してやって欲しい。ドレスショップへ持ってきてもらえるだろうか?」
「かしこまりました」
そしてヴァンツァーは、引き出されてきた現金で支払いを済ませると、最上階のスイートへと向かった。
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1週間滞在したホテルのチェックアウトをするとき、ヴァンツァーは満面の笑みとともにチーフコンシェルジュへと礼を言った。
「あなたたちのおかげで素晴らしい時間を過ごせた。この星へ来る際には、またここを使わせてもらう」
隣のシェラはちょっと困ったような顔をしている。
『プレゼント大作戦』の片棒を担いだホテルの職員たちは、天使のような奥方の荷物が来るときの倍くらいに膨れ上がったのを知っているので、その表情の理由がなんとなく察せられた。
けれど、どんな理由があろうと、その中身は大抵シェラが自分から欲しいと口にしたものだ──多少の誘導があったのは間違いないが。
「お客様にそう仰っていただけるのが、我々にとって最大の喜びです」
カウンターから出てきたコンシェルジュは、ちいさな紙のバッグをヴァンツァーに渡した。
「・・・これは?」
バッグは無地で、どこかのブランドを表すようなロゴもない。
中にはちいさな箱が入っているようだが、非常に軽い。
焼き菓子の類だろうか? と首を捻るヴァンツァー。
「奥様からのプレゼントでございます」
「──シェラ?」
藍色の瞳を大きく瞠るヴァンツァーに、シェラは「してやったり」とばかりに胸を反らした。
「ファロット様は、サリュリュ貝について調べていらっしゃるとか」
「あ、あぁ」
「染料として用いられることの多いサリュリュ貝ですが、天然物はごく稀に真珠を内包するのです」
「聞いたことはある。だが・・・まさか」
「サリュリュ真珠のタイピンだ」
ふふん、と得意げな顔をするシェラに、ヴァンツァーは絶句した。
サリュリュ貝が真珠を抱える確率は、10万に1つにも満たない。
嘘だろう、と思いながら小箱を取り出して開ければ、優美な線を描く白金の台座の上に、金色に輝く真珠。
「・・・真円の、ゴールドカラー」
今度こそ「嘘だろう?」と口にしてしまった。
「お前の言った通りだ。このホテルのスタッフは非常に優秀だ」
たった1週間で、奇跡とも言えるひと粒を見つけ出した。
「ネクタイもカフスも買ったけど、どうしてもタイピンだけは気にいるのがなくて買えなかったからな」
いやぁ、この星に来て良かった、と満足そうな笑みを浮かべるシェラ。
サプライズも成功したので、ホテルのスタッフたちに礼を言う。
「なぁ、着けて、着けて」
わくわく、と子どものような目を向けてくる妻に苦笑し、ヴァンツァーは今使っていたシンプルなタイピンを外すと、プレゼントされたものに付け替えた。
黒と紫のダークカラーのネクタイに、それは非常によく映えた。
「うーん・・・」
難しい顔をするシェラに、「どこかおかしいか?」と訊ねるヴァンツァー。
「何というか・・・控えめに言って、最高にかっこいいな」
あはっ、と笑みを浮かべられ、思わず手で顔を覆った。
恥ずかしいんだか嬉しいんだか知らないが、とりあえず耳まで赤くして死にそうになっている男の背を押し、シェラはホテルのスタッフにもう一度礼を言って頭を下げた。
「また来ます」
「お帰りを、心よりお待ち申し上げております」
深々と頭を下げてくる従業員たちに見送られ、ふたりは帰路についたのだった。
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ピアスのブランドは、少年魔法使いみたいな名前のあれ。ダイヤと言えば、このブランド。
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