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「「「もぉーいーくつねーるーと~クーリースーマースー!!」」」
ロンドとアリアとリチェルカーレが、きゃあ! と楽しそうに歌っているのを、フーガがにこにこ見守っている。
四つ子が生まれる際に購入した白いミニバンは、高級車だけあって座席の座り心地が抜群だ。
造りも頑丈で、出来の良い脳みその9割9分9厘を家族が占めている男が、『ちょっと特殊な素材』で作らせたらしい。
「ふふっ。サンタさんはサンタさん、パパはパパっていう現金さが可愛いわ」
後部座席の弟妹のはしゃいだ声に、ソナタは思わず笑ってしまった。
シェラは子どもたちのためにアップルパイを焼くのでお留守番。
代わりにソナタがついてきたわけだが、去年のクリスマスは最高だった。
現役を退いて長いとはいえ、水際立った動きで足音を立てずに歩き、気配を消すことにかけてはレティシアすら唸らせるヴァンツァーが──見つかったのだ。
子どもたちの枕元にプレゼントを置こうとしているその瞬間を、バッチリと。
「パパ、どうしたの?」と子どもたちに訊かれた男は、内心でダラダラと汗を流しながら引きつり笑いを浮かべた。
子どもたちはサンタさんに逢いたくて、眠い目を擦りながら起きていたらしい。
「お前たちが起きていたからな・・・サンタさんから、プレゼントを預かってきた」と言って、残念そうにしている子どもたちを寝かしつけてから、リビングにいるシェラのところへ戻って泣きついた。
もうやりたくない、とどん底まで落ち込んでいる男を見て、シェラがとても喜んだことは言うまでもない。
カノンもソナタも、思わず「「嘘でしょ?」」と言ってしまった。
最高過ぎる。
仕事以外は結構ポンコツで、本人は嫌がるが、シェラもカノンもソナタもそんな父が好きだったりする。
「今度から、アルに物音確認してもらえば良いんじゃない?」
「いっそ敷地内のどこかの家にプレゼントを隠して宝探しにしたらいい」
どうしても枕元に運ぶのは嫌らしい。
「それも楽しそうだね」
「お前は何が欲しい?」
きょとん、とした顔になるソナタを横目でちらっと見て、ヴァンツァーは「誕生日だろう」と告げた。
ソナタは、「そういえば」と手を合わせた。
「忘れていたのか?」
苦笑したヴァンツァーに、ソナタは「てへっ」と笑みを浮かべた。
「ベビちゃん出来たから」
頭がいっぱいになっちゃった、と言う娘に、ヴァンツァーは「そうか、おめでとう」と返した。
「ありがと」
お礼を言ったソナタだったけれど、ちょっと予想外だ。
もうちょっと驚くかと思ったのに。
「パパ、気付いてたりした?」
「いいや。今知った」
「そうよねぇ・・・旦那さんにも言ってないのに」
「俺が最初か?」
「まぁ、流れ的に?」
誰に最初に伝えるか、と考えていたわけではないので、たまたま相手が父だったというだけだ。
「帰ったら、ライアンやシェラに伝えてやるといい。きっと喜ぶ」
「パパも嬉しい」
「あぁ、もちろん」
前を見て運転している横顔は、確かに明るい表情をしている。
──でも、びっくりした顔も見たかったなぁ・・・。
ちぇっ、と思いはしたものの、自分たちを妊娠したシェラに「産まないのか?」と訊いた父だから、言葉通り喜んでいないわけではないのだろう。
──初孫・・・よね?
1ダースくらい孫がいてもおかしくなさそうな美貌の男ではあるが、妻子への溺愛ぶりを見るにそんなことはあり得ないだろう。
──ま、喜んでるならいっか!
そんな風に気を取り直したソナタだったのだけれど。
「このフロアにあるベビー用品と2歳くらいまでの子ども用のおもちゃを全b────」
「──ちょっ?!」
思わず、高い位置にある口を両手で押さえてしまったソナタであった。
ビル1棟丸ごとおもちゃ屋さんという子どもたちの夢を詰め込んだ店舗へ足を運び、好きなものを持っておいで、と四つ子を送り出したヴァンツァーは、当たり前のような顔をしてベビー用品のあるフロアへとソナタを誘った。
気が早いなぁ、と苦笑したソナタだったけれど、それどころではない。
「・・・パパ、いい? 私が手を離しても、喋っちゃダメよ?」
パチパチ、と瞬きしているのを肯定と取ったソナタは、ゆっくりと両手を下ろした。
間違っても、何と言おうとしたのかなんて、訊いてはいけない。
やらんとしていたことは察している。
傍にいた店員さんには、お引取りいただいた。
「あのね、パパ。気が早い上に、規模がおかしい」
不思議そうな顔で、首を傾げている。
喋ってはいけないと言われたのを、律儀に守っているらしい。
「ちびちゃんたちが使っていたもの、いっぱいあるよね?」
──こくん。
「お洋服もおもちゃも、たくさんあるよね?」
──こくん。
「じゃあ買わなくていいよね?」
──ふるふる。
「状態もいいんだから、十分でしょう?」
──ふるふる。
「どうして?」
その言葉を「喋っていい」という許可だと判断した男は、当たり前のような顔で言った。
「どんなものが好きか、分からないだろう?」
「赤ちゃんの好みなんて気にしなくても」
「それは良くない」
赤ん坊とはいえ、心地の良いもの、好きなものはあるのだ、と真面目な顔で告げる父に、ソナタはひとつ頷いた。
「なるほど。でも、──全部は要らないよね?」
「何かしら好きなものに当たるだろう」
「使わないかも知れないのに、もったいないでしょう」
「必要ないものは寄付をしてもいい」
ノブレス・オブリージュ。
社会的地位の高いものは、それ相応の義務を負う。
様々な事業を総合すると超大企業の経営者である男は、金銭や物資で多くの団体を支援している。
「大半を手放すことになるでしょうに」
「だが、きっと気に入るものもある」
「ひとつのものを大事にする心を養うのも必要でしょう?」
「それはもう少し大きくなってからでいい」
赤ん坊のうちは、ひたすら好きなものに囲まれて喜びだけを覚えさせるのがヴァンツァーのやり方だ。
「でも全部はやり過ぎ!」
「ソナタ・・・」
ぷん、と珍しく頬を膨らませる娘の頬に手を当て、ヴァンツァーは困ったような、嗜めるような表情になった。
「あまり興奮するのは良くない」
──パパのせいよね?!
びっくりしてしまったソナタだ。
時々あの綺麗な顔をぶん殴りたくなる、と言っているシェラの気持ちが分かってしまった。
自分と同じ色の瞳を真ん丸にしている娘の表情をどう受け取ったのか、ヴァンツァーはにっこりと笑った。
「心配しなくても、このビル丸ごと買ったところでどうということはない」
──知ってるから止めてるんですけど?!
車の中では随分冷静に受け止められた、と残念に思っていたが、この方向性は予想外過ぎる。
「・・・まだ性別も分からないんだから、ベビちゃん用のプレゼントはまた今後一緒に選ばせて?」
「とりあえず買っておけばいいだろう」
「・・・べ、ベビちゃんの顔を思い浮かべて、あれこれ考えながら選んでみたいの」
その言葉に、女は口説けても女心はまったく分からない男は、「そういうものか」と一応の納得を見せた。
「──あ、パパ!」
そうだ、とソナタは父の両手を取った。
「私の誕生日プレゼント、決めた!」
「あぁ、何でも」
嬉しそうな顔になった父に、娘は期待を込めた瞳を向けた。
「──レティーを一年間雇ってください!」
父はすごく微妙な表情だったけれど、きっとシェラもすごく嫌そうな顔をすることは分かっていたけれど、これだけは譲れないソナタなのだった。
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年間300件以上の手術をするレティーなので専属は無理ですが、「もちろん。それは俺の役割だ」と快諾してくれたのでした。
あ、橘の書くものに時系列とか整合性を期待している方はいないと思いますが、ちいさいのがわらわらしているのが好きなので、四つ子も幼いうちにソナタにもママになってもらいたいと思います。別の話では別の成長具合になっていたりするかも知れませんが、気にしたら負けです。