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「おかえり」
玄関の開く気配に、キニアンは暗黙の了解となっている女王様のお出迎えに向かった。
「ただいま」
薄いグレーのスーツに身を包んだカノンは、少し疲れた様子ではあったが、それでも笑顔を浮かべて帰宅の挨拶をした。
そして、迎えに出たはいいが微動だにしないパートナーに対し、若干頬を引き攣らせて『ちょいちょい』と指で手招いた。
仕方なさそうな顔をしたキニアンは、ごく軽く、やわらかな唇を啄ばんでやった。
「あのね。行ってきますのちゅーと、おかえりのちゅーは基本なの。何度も言わせないでくれる?」
「はいはい、女王様」
「誠意がない」
大学生になっても、社会人になっても、カノンのキニアンに対する態度は高校時代と変わらず、このふたりは一緒に暮らしていても相変わらずの日常を送っていた。
またもや仕方なさそうに嘆息したキニアンは、ほとんど無表情といってもいいくらいの顔でこう言った。
「おかえりなさい。ご飯にする? お風呂にする? それとも、──俺?」
「ご飯」
「即答かよ」
「だってお腹空いた」
「お前が言えって言ったんだろうが」
「うん。でもまさか本当に言うとは思わなかった」
「・・・お前なぁ」
器用に片眉を持ち上げたキニアンに、カノンはにっこりと微笑んだ。
そして、長身の青年の袖を引き、
「ねぇ、アリス。ぼくお腹空いたの」
と上目遣いで無敵のおねだりをしたのだ。
「・・・Yes,Her Majesty.」
絶対こいつの我が儘は自分が増長させているのだ、と自覚はしているのだが、どうにもこの笑顔には弱いらしい。
まぁ、特に実害があるわけでもないので構わないのだが。
そして、日々シェラに習って腕を磨いている料理を食卓に並べ、夕飯となったのだ。
「あ、このソース美味しい」
「ちょっと甘くないか?」
「ううん。ぼく、これくらいのが好き」
「そうか」
ならいい、と淡々と料理を口に運ぶキニアン。
このふたり、あまり食事の最中に会話をすることがない。
まったくの無言でいるわけではないが、たとえば仕事の愚痴や日々のあれこれは、食後の団欒の時間にする、とこれも暗黙の了解があるのだ。
だが、珍しくキニアンが食事の最中に手を止めた。
「カノン」
呼ばれて、鴨肉のローストを咀嚼しながらカノンは顔を上げた。
軽く首を傾げる銀色の青年に、キニアンは言った。
「──愛してるよ」
一瞬咀嚼を止めて目をぱちくりさせたカノンは、ごくんと飲み込んでからこう返した。
「今更何言ってるの? っていうか、愛してないとか言わせないけど」
これには軽く肩をすくめたキニアンだ。
「なんとなく。言いたくなっただけだ」
「あ、そう」
「あぁ」
そして、また静かな晩餐の時間が流れるのであった。
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友人が、「24時間nonstopでアリスに愛をささやかせろ」と言うので、とりあえずさわりだけ。
硬派だった彼も、どんどんヴァンツァーを見習って崩壊していくのです・・・あああ、悲哀。でもいいの。何か同じことしててもヴァンツァーよりキニアンのが将来性があって期待出来そうだから(笑)