小ネタや更新記録など。妄想の赴くままに・・・
出来心です。
**********
1年ほど前にひとり暮らしを始めたアパートの一室。
風呂上り、ちいさな着信の音が聴こえて携帯に手を伸ばした。
「はい」
『アル? 俺だけど』
名乗りもせず、声で察しろとでもいうような気安い口調。
まるで恋人にでもするような話し方だけれど、電話を受けた青年は気を悪くした様子もない。
また、彼の高性能な耳は、それが誰のものか間違えるはずもなかった。
僅かに目許が緩む。
「はい、こんばんは──ヴァンツァー」
ひとりっ子の彼にとって、兄とも慕う男の声。
声も言語も、すべてが『音』として構成されている彼の世界で、耳に馴染むそれというのは決して多くはない。
男も女も関係なく、彼にとって魅力的な声というものは限られている。
低く、甘く、ずっと聴いていてもきっと飽きない。
あぁ、いい声だなぁ、と聴き惚れていると、怪訝そうな声で名を呼ばれた。
「──あ、すみません。えっと・・・何か?」
『あぁ。週末、暇か?』
「え?」
『ピアノリサイタルのチケットが手に入ったんだ。都合がつけば、と思って』
「・・・シェラは?」
奥方にフラれでもしたのだろうか、と首を捻ると、微かに笑う気配がした。
『いつもはそうするんだが、あれはもともと音楽に興味がある方じゃない。どうせなら、喜んでくれる人の方がいいと思って』
そう言って告げられたピアニストとホールの名に、キニアンは翡翠色の瞳を瞠った。
「──い、行きます! 絶対行きます!!」
彼にしては興奮した声音に、ヴァンツァーは満足そうに口端を持ち上げた。
『じゃあ、土曜の17時に』
「え・・・? 早くないですか?」
開演は18時半。
18時に会場に着いていれば問題はないはずだ。
『迎えに行く』
続いた言葉に、キニアンは一瞬絶句した。
「──え?! い、いいです! そんなの悪いですよ、俺自分の車で行きますから!!」
『それじゃあ話せないだろう?』
「あ・・・」
そうか、と得心がいったキニアンだった。
きっと、シェラと行くときだってそれなりに楽しめるのだろうけれど、あまり話は膨らまないのだろう。
だからこそ、今回は自分に白羽の矢が立ったわけで。
会場へ行くまで、それから演奏を聴いたあと。
その日の演奏やピアニストについて語りたくなるという気持ちはよく分かる。
「・・・じゃあ、お言葉に甘えて。お願いします」
『あぁ。それじゃあ』
「はい。おやすみなさい」
『おやすみ』
プツン、と切れた電話に、キニアンは軽く息を吐き出した。
次いで、ふ、と口許に笑みを浮かべる。
両親に頼めば別だろうが、そうそう手に入れることの出来ないプラチナチケットだ。
勉強にもなるし、何より件のピアニストの演奏は純粋に好きだった。
まだ10代の頃から天才の名をほしいままにしていたピアニストは、年齢を重ねてその音に深みを増した。
初老に差し掛かる年齢の今、最盛期のような技巧と勢いは目減りしたものの、人生そのものを奏でるかのような音は他者を寄せ付けない。
「そういえば、ヴァンツァーもショパン弾きだって言ってたなぁ」
何度か聴かせてもらった演奏は、音大でピアノを専攻している人間すら嫉妬しそうな音だった。
プロになるつもりはなかったのか、と聴いたら、「そんな実力はない」と首を振っていた。
厭味とも取れそうな謙遜だったが、彼の音が他人に聴かせるためのものでないことは分かった。
「・・・俺だって、勘違いしそうだったもんな」
呟き、照れたように苦笑する。
歌だって聴いたことがあるけれど、ヴァンツァーの演奏は──否、きっと、彼の存在そのものが、たったひとりのためのものなのだ。
あんな風に想ってもらえるシェラを、少し羨ましく思った。
「かっこいいよな、ヴァンツァー」
街を歩けば女性がことごとく目を奪われ、時に男性までが振り返る美貌は妖艶ですらあり。
身長はあまり変わらないけれど、逞しさはまるで違う。
どちらかと言えば細身で決して筋骨隆々としているわけではないのに、腕や腹は鋼のように硬くて胸板は頼もしい厚さがある。
その均整の取れた身体はどんな服でも着こなしてしまうが、やはりスーツ姿は同じ男でも惚れ惚れとしてしまう。
きっと、演奏会にもそれなりの格好をしてくるのだろう、と思って青くなった。
「──やばっ。俺、何着て行こう」
慌ててクローゼットを改めるキニアン。
あーでもない、こーでもないと頭を悩ませること小1時間。
誰よりも可愛いと思っている恋人とのデートだって、こんなに服装ひとつで焦ったことがないのは、ここだけの内緒の話。
**********
ヴァンキニ(コラ)
ライアンは通常運転でかっこいいですが、ヘタレまくっている上にカノンの次くらいにヴァンツァーのことが好きそうなキニアンも大好きだ。
演奏会からの帰りの車中、いつもよりだいぶ饒舌になっているキニアンは、きっととても可愛い。
そして、助手席に座る好青年に対し、運転席からナチュラルに
「話し足りなさそうだな。──泊まっていけば?」
と流し目で誘いをかける誑し込みの専門家に、「え?」と緑の目を丸くしつつ、ドキッとしてしまい、『え、何で、何で俺今ドキッとした???!!!』と焦っているキニアンは、もっと可愛いに違いない。
いいんだ、キニアンはそれで。何せ『カノキニ』なんだから。私の中では、シェラとキニアンは総受けと決まっているんだ。いいんだ、可愛いんだから。
1年ほど前にひとり暮らしを始めたアパートの一室。
風呂上り、ちいさな着信の音が聴こえて携帯に手を伸ばした。
「はい」
『アル? 俺だけど』
名乗りもせず、声で察しろとでもいうような気安い口調。
まるで恋人にでもするような話し方だけれど、電話を受けた青年は気を悪くした様子もない。
また、彼の高性能な耳は、それが誰のものか間違えるはずもなかった。
僅かに目許が緩む。
「はい、こんばんは──ヴァンツァー」
ひとりっ子の彼にとって、兄とも慕う男の声。
声も言語も、すべてが『音』として構成されている彼の世界で、耳に馴染むそれというのは決して多くはない。
男も女も関係なく、彼にとって魅力的な声というものは限られている。
低く、甘く、ずっと聴いていてもきっと飽きない。
あぁ、いい声だなぁ、と聴き惚れていると、怪訝そうな声で名を呼ばれた。
「──あ、すみません。えっと・・・何か?」
『あぁ。週末、暇か?』
「え?」
『ピアノリサイタルのチケットが手に入ったんだ。都合がつけば、と思って』
「・・・シェラは?」
奥方にフラれでもしたのだろうか、と首を捻ると、微かに笑う気配がした。
『いつもはそうするんだが、あれはもともと音楽に興味がある方じゃない。どうせなら、喜んでくれる人の方がいいと思って』
そう言って告げられたピアニストとホールの名に、キニアンは翡翠色の瞳を瞠った。
「──い、行きます! 絶対行きます!!」
彼にしては興奮した声音に、ヴァンツァーは満足そうに口端を持ち上げた。
『じゃあ、土曜の17時に』
「え・・・? 早くないですか?」
開演は18時半。
18時に会場に着いていれば問題はないはずだ。
『迎えに行く』
続いた言葉に、キニアンは一瞬絶句した。
「──え?! い、いいです! そんなの悪いですよ、俺自分の車で行きますから!!」
『それじゃあ話せないだろう?』
「あ・・・」
そうか、と得心がいったキニアンだった。
きっと、シェラと行くときだってそれなりに楽しめるのだろうけれど、あまり話は膨らまないのだろう。
だからこそ、今回は自分に白羽の矢が立ったわけで。
会場へ行くまで、それから演奏を聴いたあと。
その日の演奏やピアニストについて語りたくなるという気持ちはよく分かる。
「・・・じゃあ、お言葉に甘えて。お願いします」
『あぁ。それじゃあ』
「はい。おやすみなさい」
『おやすみ』
プツン、と切れた電話に、キニアンは軽く息を吐き出した。
次いで、ふ、と口許に笑みを浮かべる。
両親に頼めば別だろうが、そうそう手に入れることの出来ないプラチナチケットだ。
勉強にもなるし、何より件のピアニストの演奏は純粋に好きだった。
まだ10代の頃から天才の名をほしいままにしていたピアニストは、年齢を重ねてその音に深みを増した。
初老に差し掛かる年齢の今、最盛期のような技巧と勢いは目減りしたものの、人生そのものを奏でるかのような音は他者を寄せ付けない。
「そういえば、ヴァンツァーもショパン弾きだって言ってたなぁ」
何度か聴かせてもらった演奏は、音大でピアノを専攻している人間すら嫉妬しそうな音だった。
プロになるつもりはなかったのか、と聴いたら、「そんな実力はない」と首を振っていた。
厭味とも取れそうな謙遜だったが、彼の音が他人に聴かせるためのものでないことは分かった。
「・・・俺だって、勘違いしそうだったもんな」
呟き、照れたように苦笑する。
歌だって聴いたことがあるけれど、ヴァンツァーの演奏は──否、きっと、彼の存在そのものが、たったひとりのためのものなのだ。
あんな風に想ってもらえるシェラを、少し羨ましく思った。
「かっこいいよな、ヴァンツァー」
街を歩けば女性がことごとく目を奪われ、時に男性までが振り返る美貌は妖艶ですらあり。
身長はあまり変わらないけれど、逞しさはまるで違う。
どちらかと言えば細身で決して筋骨隆々としているわけではないのに、腕や腹は鋼のように硬くて胸板は頼もしい厚さがある。
その均整の取れた身体はどんな服でも着こなしてしまうが、やはりスーツ姿は同じ男でも惚れ惚れとしてしまう。
きっと、演奏会にもそれなりの格好をしてくるのだろう、と思って青くなった。
「──やばっ。俺、何着て行こう」
慌ててクローゼットを改めるキニアン。
あーでもない、こーでもないと頭を悩ませること小1時間。
誰よりも可愛いと思っている恋人とのデートだって、こんなに服装ひとつで焦ったことがないのは、ここだけの内緒の話。
**********
ヴァンキニ(コラ)
ライアンは通常運転でかっこいいですが、ヘタレまくっている上にカノンの次くらいにヴァンツァーのことが好きそうなキニアンも大好きだ。
演奏会からの帰りの車中、いつもよりだいぶ饒舌になっているキニアンは、きっととても可愛い。
そして、助手席に座る好青年に対し、運転席からナチュラルに
「話し足りなさそうだな。──泊まっていけば?」
と流し目で誘いをかける誑し込みの専門家に、「え?」と緑の目を丸くしつつ、ドキッとしてしまい、『え、何で、何で俺今ドキッとした???!!!』と焦っているキニアンは、もっと可愛いに違いない。
いいんだ、キニアンはそれで。何せ『カノキニ』なんだから。私の中では、シェラとキニアンは総受けと決まっているんだ。いいんだ、可愛いんだから。
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