小ネタや更新記録など。妄想の赴くままに・・・
時間が過ぎるのは早いです。
久々の仔豚ちゃんネタ。久々というか、書いたの1年前らしい。ほんとかよ。
久々の仔豚ちゃんネタ。久々というか、書いたの1年前らしい。ほんとかよ。
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「・・・嘘でしょう・・・?」
菫色の瞳は大きく瞠られ、瞬きすら忘れている。
「いやぁ、お強い」
ははは、と朗らかに笑う近衛騎士団副団長の端正な容貌を、形が変わるまで殴りたい衝動に駆られたシェラであった。
「・・・負けたのですか?」
「1本取られました」
「負けたのですね?」
「負けましたね」
負けを認められる潔さは好ましいが、そういうことではない。
「王族を守るべき立場の近衛の、副官殿が、殿下に負けた、と」
「はい」
あっさりと頷かれ、花を愛でるのが似合いそうなほっそりとした手が拳を握る。
「おや? 殿下とのデートに一歩近付いたのがお嫌ですか?」
「本気で仰ってますか?」
天使や精霊のように美しい女性から射殺しそうな視線を向けられて、アスティンは肩をすくめた。
「手を抜いたりはしていませんよ」
「なお悪いではありませんか」
剣を手に取ってからたった3年程度の駆け出しに、騎士の中でもエリート中のエリートが本気で戦って負けたなど。
「殿下は、驚くほど先を読むのが巧い」
真面目な顔になった近衛の副官は、いえ、と言葉を続けた。
「おそらく──あれはそのように動かされたのでしょう」
この言葉に、シェラは眉宇をひそめた。
「流れを作られた、と?」
「魔法ではありませんね。風の精霊の力を借りれば出来ないことではありませんが、殿下は剣術の訓練中は決して魔力を使いません」
打ち合わせる剣の角度、身体の位置、剣を振るう速度や膂力、それらをすべて計算すれば理論上は可能──理論上は。
「実際にそれが出来る剣士は、ほとんどおりませんがね」
「あの方は・・・」
「逃げるようであまり好きな言葉ではありませんが、間違いなく天才です」
引きこもりで、怖がりで、お菓子が好きなやさしい方。
シェラは、それまでの険しい顔が嘘のように、困ったように眉を下げた。
「王太子殿下は、決してあの方を戦場にお連れにはならないでしょうが・・・」
「その魔力のみで、戦況をひっくり返せる方ですからね」
「妃殿下のおかげで、デルフィニアとの友好関係も築けております」
「懸念はパラストですが、さすがに我が国とデルフィニア両国を敵に回すことはないでしょう」
そうは言っても、先のことは分からない。
シェラは、第二王子が参戦したときのことを考えた。
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森の中、ぽっかりと開けた平原が今回の戦場。
タンガの砦からは、地を覆うほどの歩兵と、その奥には騎馬隊が見える。
敵兵の数はおよそ3千。
「すごい数・・・」
「怖いですか?」
シェラが訊ねると、深く澄んだ青い瞳が見下ろしてきた。
「この砦を守ればいいんだよね?」
「はい」
「あの人たちに、帰ってもらえばいいんでしょう?」
それが出来るのであれば一番良い。
けれど、それが難しいから戦争が起きているのだ。
攻城兵器とともに近付いてくる敵国の兵士を見つめ、王子はすぅっと息を吸い込んだ。
「──ノーム~、落とし穴~!」
気の抜けた声が、森の中に響く。
え? と首を傾げたシェラは、次の瞬間心臓が止まる思いをした。
ズゥン、という重い音とともに、大地が揺れ、土煙が敵兵の足元から立ち上る。
そして──大地はその形をなくした。
足元にぽっかりと空いた大穴へと、攻城兵器もろとも落ちていく人間たち。
ブワッ、と鳥肌が立った腕を、シェラは無意識のうちに擦っていた。
一瞬、本当に一瞬で、数百の命が失われた。
「──あ、泳げない人っているかなぁ?」
「え?」
「土の下、落ちたら痛いかと思ってウンディーネに水を入れてもらったけど・・・」
言われて下を見れば、大穴にはひたひたに水が張られており、必死にもがく兵士たちの姿。
大穴は巨大な水溜りで、大半の兵士はまだ生きているらしい。
「・・・殿下」
「なぁに?」
「泳げないものもいるかも知れませんが」
「あ、やっぱり?」
「何より、鎧は重いのです」
「ん?」
首を傾げる様子は戦場に見合わない可愛らしさであったが、シェラは痛む頭を押さえた。
「軽歩兵であれば革鎧程度でしょうが、金属の鎧を身に纏っていれば──水に沈みます」
「──えっ?!」
ぴゃっ、と飛び上がった王子は、戦場に目を向けると声を張り上げた。
「シルフ! みんな持ち上げて!」
ザバァァァ!
飛沫を上げて、数百の人間が持ち上がる。
地上にいる敵兵たちは、唖然としてその様子をただただ見つめていた。
「うわっ、ちょっ、何か暴れ・・・シルフ! 落としちゃダメだからね!!」
必死に精霊へと指示を出しているらしい王子の姿を見て、シェラは逆に冷静になった。
「殿下」
「な、何っ?! あー、もう、何であの人たちあんなに動くの?!」
「殿下」
シェラは、王子の集中を切らさないよう、静かな声で告げた。
「私の目から見て、あの兵士たちは森の木のてっぺんと同じくらいの高さに浮いているように思います」
「そのくらいだと思う!」
「人間は、普通浮きません」
「そうだね!」
「家よりも高い場所に持ち上げられて、もし落ちたら死にます」
「私は落とさないよ!」
「はい──それを、彼らは知りません」
「・・・・・・」
シェラは、見たこともない険しい顔の王子と目を合わせた。
しばらく沈黙が訪れたが、「シルフ!」と王子はまた声を上げた。
「ゆっくり! ゆっくり、水溜りの向こう側にみんなをおろして!!」
王子の言葉の通り、持ち上げられた兵士たちは全員、敵側の地面におろされた。
気を失っているものもいるのだろうが、大半のものは恐怖で身動きが取れないでいる。
「・・・ウンディーネ。怪我した人とか、水を飲んじゃった人は、治してあげて。あと、サラマンダーは濡れた服を乾かしてあげてね」
疲れた声で王子が呟く。
魔力の使いすぎというよりは、慣れないことをしたためだろう。
ぐったりと椅子に座り込みながら精霊に指示を出す王子はお人好しにも程があるが、それを止めるものはこの場にいなかった。
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「・・・わたくしは、殿下には『美味しい、美味しい』とお菓子を食べる毎日を送っていただきたいです」
「争いに向いている方ではありませんからね」
「剣術をお勧めしたのは、間違いだったでしょうか」
ほぅ、とため息を零すシェラに、アスティンは朗らかに笑って見せた。
「剣を持ち始めた頃、大雨を降らせながら、それでも我々に向かってくる殿下は微笑ましかったですね」
「今は?」
「騎士の訓練は、たまにご婦人方が見学にいらっしゃるのですが」
「・・・」
「殿下が鈍感な方で良かったですね」
やっぱり、剣術など勧めるのではなかった、とシェラは苦虫を噛み潰したような顔になった。
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わちゃわちゃする王子、可愛いよね。
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