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「──警視」
狭い空間の中に、意図的に低められた声が響く。
にっこりと微笑めば天使、その声音は天上の音楽とまで謳われる美貌と美声の『婦人』警官は、現在額に青筋立てて拳を固めていた。
「何だ」
応えるのは、ダークトーンのスーツに身を固めた、妖艶な美貌の男。
ハンドル片手に煙草を銜え、空いた右手は絹の肌触りを楽しんでいる。
その様子に、『婦人』警官──シェラは眉間に皺を寄せて低く呻いた。
「──警視。・・・それ以上触ったら、痴漢で訴えますよ」
本気も本気。
むしろ今自分がこの手で現行犯逮捕してやろうか、とか思っているシェラである。
対する『警視』と呼ばれた男──ヴァンツァーは涼しい顔を崩さない。
「見せているお前が悪い」
悪びれもせず、彼の手はすらりと伸びたシェラの太腿に這わされたまま。
かなり際どいミニスカートから覗く脚は、確かに男にとっては垂涎の的だろう。
「・・・子どもの理屈ですか」
キャリアのエリートのくせに。
吐き捨てるシェラに、ヴァンツァーは親指の腹で脚を撫でながら喉の奥で笑った。
「痴漢もストーカーも、被害に遭う方にもいくらか問題はある、というのが辛辣なお前の意見だったと思ったが?」
「それとこれとは話が別です。──あなたの触り方はいやらしいんですよ」
「あぁ、真っ昼間の車中で感じてしまっている自分に困惑している、と」
「・・・違うでしょうが」
「違うのか?」
す、とスカートの中にまで形良く長い指を侵入させようとしている男に、シェラはさすがに怒声を上げようとした。
「──着いた。現場だ」
慣性の法則をほとんど感じさせない運転技術は毎度大したものだ、と思うのだが、シェラはやり場のない怒りに頬を引き攣らせたまま、ホルターから抜いた銃の点検をする。
「乱闘の上で間違って警視に弾が当たってしまっても、仕方ないですよね」
「署内随一の射撃技術を持つお前が? 間違って?」
眉を上げる男に、シェラは『ふふん』と鼻で笑って傲然と顎を反らしてやった。
「えぇ。偶然。たまたま。不慮の事故」
にっこりと笑う天使に、同じく銃の点検を終えた男は肩をすくめた。
「──これから死地へ向かおうかという恋人に対する台詞か、それは」
「あぁ、死にそうになってたら、助けてあげてもいいですよ。────そんな情けない男は容赦なく捨てますけど」
どこまでも傲慢に言い切った手厳しい恋人がドアを開けて車を降りようとするのを引き寄せ、素早く唇を重ねる。
「・・・あなたねぇ・・・」
「女神の祝福だ」
極上の笑顔を浮かべた男にきゅっと唇をなぞられ、シェラは嘆息した。
「──高いですよ」
「余計死ねないな」
「当然です」
そうして、ふたりは凶悪犯たちがアジトにしている埠頭の倉庫へと向かった。
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・・・こんなんでもいい・・・?