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小ネタや更新記録など。妄想の赴くままに・・・
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週末は昼ころまで寝ている橘です、どうもこんにちは。

さて、久々の小ネタは、これまた久々の仔豚ちゃんです。




**********

シェラ・ファロットは美しい。
白銀の髪と菫色の瞳、天使のような美貌は儚げで、男であれば──特に兵士や騎士であれば命に代えても守らなければ、と決意するような貴婦人のひとりである。
一部、高位の騎士たちが聞けば失笑するであろうが、宰相の娘である彼女が二十歳をいくつも超えても婚約者ひとりいないのは、身体が弱く、貴族の務めを果たせないから、とされていた。

「──うまく取り入ったものですわね」

王宮から騎士の訓練場へ行く道すがら、すれ違いざまにそう呟かれ、シェラは内心でため息を零した。
相手は侯爵家の令嬢と、その取り巻き。
豊かな栗色の髪は高く結い上げられ、目元のほくろが色っぽい美女であるが、性格のキツさが顔に出ている。
宰相の娘ではあるが、伯爵位に過ぎないシェラは頭を下げて彼女たちが通り過ぎるのを待っていた。

「大人しそうな顔をして、どんな手を使いましたの?」

中身は顔の造りほど大人しくない──むしろ猛獣だと近衛騎士団長には言われるシェラだったが、ゆっくりと顔を上げるとおっとりと微笑んだ。

「何のことでしょう?」
「白々しい──第二王子のことに決まっているでしょう」

──『殿下』をつけろ、この馬鹿が。

聖母のような慈愛に満ちた表情の裏で、シェラはそんな風に思っていた。

「あの方が、何か?」
「代わりなさい」
「──・・・おそれいります、仰る意味が」

思わず「は?」と言いそうになるのをどうにか堪える。

「第二王子の侍女、わたくしがやってあげるわ」
「・・・・・・」
「王太子殿下の弟君ですものね。黒髪にさえ目を瞑れば、まぁまぁ見られますもの」

正直なところ、そんな風に言ってくる令嬢はこの女だけではない。
最近、このように絡まれることが増えた。
この三年ほどで、第二王子は美しく、それはそれは美しく成長した。
高すぎる魔力が恐れられているとはいえ、シェラが危惧したように、かの方に熱い視線を向ける令嬢は少なくない。

「どうせ、お父君にでも頼まれたのでしょう? お父様から話を通してもらってもよろしくてよ?」

財務大臣の娘ごときに何を言われたところで、あの父が眉一つ動かすものか。
「おととい来やがれ」と言いそうになったシェラの耳に、件の王子の声が聞こえた。

「シェラ! 迎えに来てくれたの?」

駆け寄ってきた王子がにこにこと機嫌良さそうに微笑むだけで、見頃にはまだいくらか早い桜の蕾がポンポン音を立てて花開いていく。
その様子に、侯爵令嬢の取り巻きたちはビクリ、と肩を揺らした。
侯爵令嬢その人は、す、と開いた扇で表情を隠す。
醜態を晒さないのは流石であるが、この仔犬のような殿下の何が恐ろしいのか、シェラにはさっぱり理解できない。

「ごきげんよう」

淑女の礼を取る令嬢に、第二王子は首を傾げた。

「シェラのお友達?」
「いいえ」

きっぱり言い切ると、王子は「そう」と頷いて王宮への道を歩き始めた。
今日はこのあと、王太子妃との茶会の予定がある。
湯浴みと着替えの準備を整えて、シェラはこの場へ赴いた。
魔法を使えば適温の湯など一瞬で用意できる王子ではあったが、その手を煩わせるなどとんでもない話だ。
シェラは黙って王子の後ろに付き従った。

「──お待ち下さい」

令嬢の声に、シェラは凍てつくような視線を向けそうになるのをどうにか堪えて振り返った。

「不敬です」

この国で、第二王子を呼び止められる人間など片手で足りる。

「いいよ、シェラ」
「殿下」

嗜めるようなシェラの声にも、第二王子はどこか嬉しそうな表情を浮かべている。

「わたしに何か用?」

直答を許された令嬢は、一瞬勝ち誇ったような表情をシェラに向けたあと、第二王子に向かって美しく微笑んだ。

「本日より、わたくしが殿下の侍女を務めさせていただきますわ」

この言葉に、王子は青い瞳を瞬かせた。

「あなたが?」
「はい」
「なぜ?」
「ファロット伯爵令嬢は、ひとりで貴方様の身の回りのお世話をしているとか」
「そうだね」
「行き届かないところもありますでしょう? ですから、わたくしどもが」
「あなたは、動物が好きなの?」
「──は?」

唐突に言葉を遮られ、その美貌と高い地位で男にちやほやされた経験しかない侯爵令嬢は、隠しきれず眉を寄せた。

「動物・・・ですか? えぇ、まぁ・・・パピヨンの仔犬であれば、当家にもおります」

男は狩猟のため、女はちいさく毛並みの良い姿を愛でるために犬を飼うのは、貴族のステータスのひとつでもある。
遠く離れた地から輸入された動物などであれば、更にその価値は高くなる。
侯爵令嬢は、したり顔で頷いた。

「殿下も犬を? であればわたくし、犬の扱いにも慣れておりますわ」
「いや、わたしは飼っていない」
「では、なぜ・・・?」

訝しげに問う令嬢の言葉に、王子はにこやかな表情を崩さずにこう言った。

「だってあなたは、わたしを『白豚』と呼んでいたでしょう?」

だから動物の世話をするのが好きなのかと思って、と。
一瞬で令嬢の顔色が青褪めた。
周囲の令嬢たちのそれも。
その表情を見たシェラは、冷静に、至極冷静に、「殺す」と決めた。
かつて王子が王城を歩けば、その耳に入るように陰口を叩くものがいたという。
王族に対する不敬罪は極刑だ。
だが、当時はそれを咎めるものもいなかった。

──今は、違う。

自分にその資格があるかどうかなど、些末なこと。
隠した剣に手が伸びそうになるが、この場では第二王子の目があるから、とどうにか自分に言い聞かせる。

「それからあなたは思い違いをしている」

言葉を発せないでいる令嬢に向けて、王子は穏やかな表情のまま告げた。

「シェラには、わたしがお願いしてそばにいてもらっている。不自由は感じていないし、他のひとに代わりができることでもない──だから、あなたたちは必要ない」

ぞわり、と、背筋に歓喜が駆け抜ける。
シェラは緩みそうになる口許を何とか抑えて、何でもない表情を取り繕った。

「シェラ」
「──はい」
「行こうか」
「はい、殿下。王太子妃殿下がお待ちですので」

ちらり、と侯爵令嬢に視線を向ければ、悔しそうな顔をしている。
王太子妃と会う予定の殿下に、これ以上時間を取らせることなどお前ごときには赦されない。

「──あ、そうだ。はい、どうぞ」

左手を差し出してきた王子に、シェラは首を傾げた。

「エスコート、だっけ?」

引きこもって生活をしていた王子は、宮中の様式にも世間にも疎い。
カトラリーの使い方も怪しかったが、飲み込みの早い王子はシェラの教えをあっという間に身につけていった。

「義姉上が、シェラをエスコートして連れておいで、って。だから予行練習」

そういうことならば仕方ないが、右手を預けるのか、とシェラは内心で嘆息した。
武器は両手で扱えるように訓練してはいるが、利き手は右だ。
右側に人がいるというのは、どうにも落ち着かない。

「湯浴みとお召し替えの準備が整っております」
「ありがとう。今日はどんなケーキが出てくるかな」

シェラが王子の手に右手を乗せると、きゅっと握られてそのまま歩き出す。

「殿下」
「なに?」
「これではただ手を繋いで歩いているだけです」
「違うの?」
「違います」
「じゃあ、教えて?」

お願い、と。
身長は王子の方がだいぶ高いが、どこか上目遣いにも見える様子に、きゅん、とみぞおちの辺りがくすぐったくなるのを感じたシェラだったが、コホン、と小さく咳払いをするとエスコートのお作法を教えた。
紳士にとっては当たり前のことではあるが、女性の歩幅に合わせて歩くというのは、慣れない人間にはなかなか難しい。
特に夜会で正装する際など、女性のドレスの重さはちいさな子どもくらいあり、想像以上に歩きづらいものだ。
けれど、第二王子のエスコートは非常に歩きやすく、シェラは驚いた。

「歩きやすいです、殿下」
「本当? 良かった」

嬉しそうに微笑みを浮かべるこの美しくやさしい方を、何に代えても守るのだ、とシェラは決意を新たにする。

「ねぇ、シェラ」
「はい、殿下」
「さっきみたいなひとは無視して構わないんだけど、もし何か嫌な思いをしたら、兄上が名前を出してもいいって言ってたよ」
「──王太子殿下が?」
「わたしが選んだって言ってもあまり効果がないようだったら、兄上の指示だって言っていいって」

それは現在、この国では最強のカードの一枚だ。
言うまでもなく、王族の名を騙ったり、みだりに口に出したりすることは重罪だ。
だから、それが許されているというのは非常に強い一手であり、王族の名を使って虚偽を申告することなどありえないため信頼性も高い。

「だからシェラは、何も心配しなくていいんだよ」
「──・・・」

王子の言葉が「何もしなくていいんだよ」と言っているように聞こえ、シェラは息を呑んだ。

「御心のままに、殿下」


**********

命拾いした令嬢がいたとか何とか。
パイセンに体育館裏に呼び出されるけど屁でもないシェラが書きたかっただけ。
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