小ネタや更新記録など。妄想の赴くままに・・・
書きたくなった。
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「わたし、シェラのスケーティングって大好きなの。上品で、優雅で、繊細で──でも、力強くて」
興奮した面持ちで練習している銀色の天使を見つめているのは、彼女より10歳ほど年上の女性。
その榛色の瞳をきらきらと輝かせ、リンクサイドの青年に話しかける。
「あなたがコーチになってから、彼女変わったわ。前は、お人形さんみたいに可愛い女の子だったのに」
今では、剣を持って戦う天使そのもの。
美しくも、畏敬の対象となるような、圧倒的な存在感。
「彼女は天才よ。それは昔から。ちいさい頃からくるくる3回転ジャンプを決めて、3アクセルまで跳べるようになった。ふわふわした妖精さんが、リンクの上を舞っているような、そんな印象を観客に与える子だった」
だから、振付師が選ぶ曲も、繊細なピアノ曲や、クラシックでも明るい曲が多かった。
「すごいわぁ・・・」
感嘆のため息を零し、シャーミアンは複雑なステップを踏む少女を熱っぽい視線で見つめた。
まるで恋をしているかのようなその瞳には、憧憬と羨望とがあった。
彼女もスケーターだ。
現在はプロとして活躍する、名スケーターである。
榛色の瞳には、シェラを妬むような色は一切ない。
純粋に彼女の技術、彼女の表現力に感動し、尊敬すら滲ませている。
「・・・あなたが、あの子に剣を与えたのね」
名残惜しそうに少女から視線を外し、傍らの男を見上げる。
妍麗な美貌は何の表情も浮かべてはいない。
それはいつものことだけれど、ふ、と形の良い唇が弧を描き、シャーミアンはどきり、と胸を弾ませた。
「俺じゃない。あれはもともとあいつのものだ」
「え・・・?」
「馬鹿でお人好しだからな。持っていても、それを鞘から抜くことをしなかっただけだ」
「・・・・・・」
「一生、眠れる獅子のままでいることも出来ただろうにな」
「・・・ヴァンツァー・・・?」
「俺は、あいつに何も与えていない。もし何かを与えているとすれば、──空だな」
「──空?」
目を丸くするシャーミアンに、ヴァンツァーは頷いた。
「いちいち丁寧に何かを教えてやるほど親切じゃない。『ここまで来い』、『乗り越えろ』と遥か高みに掲げられた課題を渡すだけ」
クライマックス。
レイバックからのビールマンスピンで──フィニッシュ。
「──そうすれば、あいつは勝手にどこまでも昇っていく」
「・・・・・・」
「渡しているこっちが無理だろうな、と思うことでも、あいつは最終的に自分のものにしてしまう。──だから、面白いんだ」
次は何をしよう、どこまで行けるのだろう、どんな景色を見せてくれるのだろう。
「今季は、連続3回転のコンビネーションをプログラムに組み込むことに決めていた。もちろんフリーでも入れる。だが、ルール改正に伴い、女子ショートでのアクセルが、3回転でも良くなった。そうしたら、『ショートに3アクセルと、3-3入れるんでしょう?』ときた」
「・・・何というか・・・」
「レティーに言われていた。『──男子に行け』と」
「ぷっ。確かに」
「単独の3A、3T-3Lo、ステップ直後の3F」
シェラの単独3Loは鉄板だが、ルールでは3回転ジャンプのひとつを、ステップ直後に跳ばなければならないことになっている。
ステップ直後のループはさすがに困難だ──まぁ、シェラはステップ直後の3Aをプログラムに組み込んでいたこともあるのだけれど。
「得点を稼ぐなら、3Fと3Loのコンビネーションに、単独3Lzを入れたいところね──あら、ホント男子みたい」
「だが、あいつのルッツはエッジが不安定だ。矯正はしていくが、今季に間に合うかどうかは分からない」
「去年は3-3を入れなかったから、トゥループからやろう、っていうわけ?」
「あぁ」
「だったら、セカンドにトゥループをつけるべきじゃないの?」
「普通はな」
「ループの方が得意だから?」
「逆だな。シェラはトゥ系のジャンプが苦手なんだ」
「だから、先にエッジ系のループを跳んだ方が──」
「──気分的に楽になるから、あえてループがセカンドなんだよ」
「・・・・・・」
「『楽だ』と安心してしまうと、ミスが出やすくなる。ある程度緊張感を保ちたいから、セカンドがループなんだ。得意なセカンドを跳ぶために、ファーストは絶対に決めなくてはならない」
「・・・それは、シェラの意見?」
「俺も同意見だ。その代わり、他のトレーナーからは軒並み叩かれたがな」
「それはそうよ」
呆れ返ってしまったシャーミアンである。
緊張は良くも悪くも選手に影響を与えやすい。
ファーストを決めなくては、と意気込んでしまうと、そちらが跳べなくなってしまうかも知れない。
そうなれば、セカンドに難度の高いループはつけられない──普通の選手は、だ。
「今季は世界選手権2連覇がかかっているのよ? 確実に決めていくべきだわ」
「皆そう言う」
「これは安全策でも妥協でもないわ。3Aと3-3をショートに入れるという時点で規格外なの。ショートでは失敗出来ないのよ?」
「グランプリシリーズ初戦では、苦戦するかもな」
「またファイナルに出られなかったりしたら」
「──出るさ」
きっぱりと言い切られた台詞に、シャーミアンは思わず口を閉ざした。
「あいつは、その悔しさを誰よりも知っている。だから、必ずファイナリストに名を連ねる」
「・・・信頼?」
「半年後の、事実だ」
「・・・・・・」
「俺は夢は見ない。希望的観測も持たない。目に見える事実しか受け入れない」
ここで初めて、ヴァンツァーはシャーミアンに視線を落とした。
「見えるんだ。あいつが、ファイナルでも、ワールドでも、表彰台の真ん中にいるのが」
「──・・・・・・」
「俺は、その『事実』を見届けるだけだ」
シャーミアンは、何だか分かった気がした。
シェラのスケーティングが、華やかで、優雅で、気品に溢れているのか。
それは、常に高みを目指すものだけが持つ、心の高さなのだ、と。
己の限界を設定することなく、どこまでも昇っていこうとするものだけに備わる気高さ。
きっと、ヴァンツァーの言う通り、シェラはもともとそれを持っていたのだろう。
しかし、やはりそれをここまで見事に、また華麗に引き出したのは、この一見無愛想な青年だと思うのだ。
「あなたたち、いいコンビね」
苦笑交じりにそう言うシャーミアンに、ヴァンツァーは少し嫌そうな顔を向けた。
「──今季の彼女の演技が、本当に楽しみだわ!」
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私も(笑)あー、早くシーズンにならないかなー。
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