小ネタや更新記録など。妄想の赴くままに・・・
何でしょうか、この頭痛と倦怠感・・・
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リビングへ戻ってきたシェラの手には、分厚いファイルが携えられていた。
パラパラとそれを捲り、「う~んとね」とキニアンの前に広げた。
「そうだなぁ。あの子はアー君のこと大好きだから、もらえればプラスティックの玩具の指輪でも喜ぶと思うけど」
「・・・はい?」
「でも、それじゃ味気ないよね」
「・・・はぁ・・・」
にっこりと微笑む天使のような青年の言葉のどこまでが本気なのか分からず、生返事を返したキニアンに、シェラは少々表情を引き締めた。
「最初に言っておくけど、うちで扱っている商品は、どっかの本物志向の完璧主義者のおかげで、市場に出回っているものよりずっと高品質なんだ」
「・・・はい」
もうその言葉だけで『高そう・・・』と尻込みしそうになっているキニアンであった。
これがカノンやヴァンツァーの前であれば虚勢を張ってでもそんなことは表情に出さないだろうが、シェラの前だとどうにもダメなのだ。
「石は使いたい?」
「はい。・・・やっぱり、ちいさくてもいいから、質のいいダイヤ使いたいなぁ、とは」
思ってるんですけど・・・と段々語尾がちいさくなっていく青年に、シェラは「そうだよね」と相槌を打った。
「そうすると、これがダイヤの等級なんだけど、うちで扱っているダイヤは──ここから上ね」
「・・・・・・」
思わず固まってしまったキニアンである。
「・・・シェラさん、シェラさん。これ、上から10分の1ですよね・・・?」
「うん。どっかの馬鹿が、『ここから下は嫌だ。認めない』ってごねるから」
「・・・・・・」
冷や汗を流しそうになっている青年に向かって、シェラは「大丈夫だよ」と微笑んだ。
まさに聖母の微笑みである。
しかし、キニアンは『大丈夫なわけないじゃないか』と、拗ねたような顔をしている。
シェラはそんな青年の表情を見て、『可愛いなぁ』と思った。
「で、このカラット数、カラー、カットで見ていくと・・・・・・」
ごくり、と喉を鳴らす青年に、シェラが告げた金額は、驚くべきものだった。
「へ・・・?」
「まぁ、裸石の値段だけど。これに、地金の料金が加算されて・・・ん~、大体、これくらいかな」
「・・・シェラさん」
「なぁに?」
「・・・俺、確かにあまり高いの買ってやれないけど、一応客なんですけど」
「うん。大事なお客様で、お婿さんだよね」
にこにこしている元祖・天使に向かって、キニアンは恨みがましい視線を向けた。
「・・・『Lu:na』がどれだけ質の高い仕事するかは、噂で知ってます。いくらなんでも、──これは安すぎるでしょう」
シェラの示した価格は、キニアンの考えている値段の半値程度であった。
示されたクオリティでその値段では、『お友達価格』のように値段を下げられているとしか思えない。
確かに価格のことでシェラに相談しに来たのは自分だが、あまりにも安い値段を示されては馬鹿にされたと取りたくもなる。
「私も、安いと思う」
「なら」
「でも、どのお客様にも、このお値段で出してるんだ」
「──・・・は?」
「どっかの誰かさんの本職はデザイナーなのに、デザイン料なんてほとんど取ってないしね」
「・・・・・・仕事になるんですか?」
「原価と大して変わらないよねー」
あはは、と明るく笑うシェラに、キニアンは眩暈を起こしそうになった。
『Lu:na』は有名だ──マスコミに顔も情報も出さないのに、ほぼ口コミだけでその名声を広げていった化け物企業として。
その質の高い仕事から、ファンも多い。
高校でも大学でも、『Lu:na』の名前はたびたび耳にした。
そのファンに若い客も多いというのを不思議に思っていたのだが、超一流ブランドでありながらこの価格であれば、確かに若年層でも比較的手が出しやすいだろう。
「まぁ、デザイナーはあいつの趣味みたいなものだから」
「趣味にしたって、採算度外視もいいところでしょうに・・・」
「うん。でもまぁ、生活に困っているわけじゃないし、お金欲しくてこの仕事してるわけでもないしね」
「・・・・・・」
「株でも儲けてるみたいだし、傘下の企業も成績悪くないし、たぶんそういうところで稼いでるんだろうね」
「たぶん・・・?」
「うん。私は経営にはノータッチだから」
「そうなんですか?」
「うん。昔は躍起になって勉強しようとしてたんだけど、どれだけ張り合ってもあの男に勝てるわけもないし。そのうち子どもが出来て、子育てが楽しくなったし。作業分担、って感じかな」
「・・・・・・」
幸せそうに微笑むシェラを見ていたら、何だか無性にカノンに会いたくなった。
「・・・そろそろ、終わる時間だな──迎えに行ってきます」
「待ってればいいのに」
キニアンは、不思議そうな顔をするシェラに向かって微笑んだ。
「まぁ・・・病気ですから」
「──『恋の病』?」
「惚れた弱みってヤツですね」
情けなく眉を下げた青年にくすくすと笑ったシェラは、「行ってらっしゃい」と未来の息子を送り出した。
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よい子の皆さんは、仕事中にこういうことをしてはイケマセン。
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