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小ネタや更新記録など。妄想の赴くままに・・・
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キニアンがヘタレわんこな理由を考えてみた(嘘)


**********

弱みを握らせてはいけない人間というものが、誰にでも存在する。
そして、注意深く避けているつもりでも、いつの間にか弱みを握られていたりもする。

「えっと・・・頼みがあるんだけど・・・」

その日、アリス・キニアンは休暇を利用して実家に帰ると、ベルトランでの演奏会から帰ってきたばかりの母親に頼みごとをした。
疲れてるところ悪いけど、と前置きした息子に、不惑を間近に控えた女性は、「高校生です」と言っても通りそうな美貌に笑みを浮かべた。

「あら、珍しい」

なぁに? と訊ねてくる稀代の天才ヴァイオリニストに、キニアンはものすごく言いにくそうな顔になったあと、ぽつり、と呟いた。

「・・・その・・・セッションを・・・」
「──セッション?」

本当に珍しい、と思い、若草色の目を真ん丸にするマリア。
この自分の才能にはとことん無頓着な息子は、音楽家としては超一流である両親と一緒に演奏するとあまりにもみすぼらしいから、と乗り気でないことが多い。
もちろん、本人も勉強になるとは思っているのだけれど。
やさしい子なので頼めば──半ば強引であれ──引き受けてくれるが、彼から申し込んでくることは練習だとてあまりない。
そこで、ははぁ、と勘付いたマリアである。

「カノンちゃんにお願いされたの?」
「・・・・・・はい」

一瞬『なぜそれを』という顔になったキニアンだったが、あの女王様が自分の最大の弱みであることは誰の目からも明らかだ。
マリアはくすくすと笑うと、「何をリクエストされたの?」と訊ねてみた。
誰からの言葉であれ、その気になってくれるのは嬉しい。

「・・・『You Raise Me Up』なんだけど」
「あら、いいじゃない」
「うん・・・」

平素の仏頂面とは違うが、何だか困惑した様子。
理由を訊ね、マリアは感心した。

「アル、歌うの!」

耳が良すぎて対処しなければ日常生活にも支障のある息子が、まさか大音量の音楽の流れるカラオケボックスに行くとは思ってもみなかった。
当然、息子の歌など聴いたことがない。

「・・・マリア、顔に『うずうず』って書いてあるぞ」
「だって、あなた歌うんでしょう?」

父アルフレッドが息子に期待するのとはまた別のところで、マリアは息子の才能を高く買っていた。
有体に言ってしまえば、彼の音が好きなのである。
真っ直ぐに音を届けることを怖がらない、それも才能だと彼女は思っている。
誰だって自分の心を曝け出すのは怖い。
芸術というものは、例外なく己の深層心理の投影だ。
どれだけ主観を排除しようとしても、表現者が人間である以上完全な客観視は不可能である。
己の感情を曝け出して受け入れられれば良いが、批判されれば癒えない傷となって残る可能性もある。
だから、ときに表現者は評価する側に媚びるような作品を生み出すことがある。
良い悪いではなく、それはその分野で生き残るための術でもあった。
だが、そうでないものもいる。
真っ直ぐに、歪みなく己の心の声を表に出すことが出来るもの──真の芸術家とは、そういうものだとマリアは考えている。
それを意識しているかどうかは、また別の問題だ。
彼女の息子の場合は、どちらかといえば何も考えていないタイプである──また、彼の場合、そうでなければならない。
正直過ぎるが故に、考えていることはすべて音として表に出てしまう。
迷いも、悩みも、まだ年若い少年は制御する術を持たない。
アルフレッドは、そこを危惧していた。
危うい、と。
息子にミューズが微笑んでいることは間違いない。
マリアの才能を見つけたように、息子の音にもそれを感じる。
だが、あまりにも真っ直ぐ過ぎるのだ。
飾らない音や言葉は、実はときに何より鋭い刃と化すことがある。
聴くものの心を、癒しもすれば抉りもする。
それを受け入れられるかどうかは、その人間次第だ。
美しいものを愛でる心と、美しすぎるものへの畏怖は常に表裏だ。
そして、畏怖は恐怖となり、破壊と排除へ向かう。

──まぁ、この子の場合大丈夫でしょうけど。

アルフレッドの危惧に反し、マリアは暢気にそう思っていた。
好き嫌いは分かれるだろう。
だが、それはどんな分野に対しても言えること。
マリア自身、自分に向けられる妬みや嫉みから無縁だったかといえばそんなことはない。
けれど、気にしても仕方ない。
さすがに楽器を傷つけたり、怪我をさせたりしようだなどという実力行使に出てくるような、音楽家の風上にも置けない輩にはきっちりと物申してやった──音で。
『悔しかったらここまで来い』と言ってやった。
超がつくほどの堅物であるアルフレッドも、実はそういうタイプだ。
けれど彼らの息子はそうではない。

「──はぁ・・・」

気の抜けた様子で、目をぱちくりさせるのだ。
小学生の頃がそうだった。
その頃からでさえ、彼の才覚ははっきりと現れていた。
同い年くらいの子どもたちからは、やっかみの対象だ。
年長者たちにも、面白く思わないものはいた。
けれど、自分はもっと高いところを目指しているからこそ、この程度の音になぜ張り合おうとする人間がいるのか理解出来ない。
大樹のようなアルフレッドやダイアモンドのようなマリアの音に比べたら、石ころみたいな演奏なのに。
難癖つけられて腹は立たないのか、と自分の方が憤慨していたアルフレッドに、少年は新緑色の澄んだ瞳で言ったものだ。

「んー・・・でも、何か怒ると音が汚くなるから」

よく分からないけど、と呟きまだまだちいさな手を見つめていた。
感情がストレートに音に表れる少年は、その耳の良さと感覚の鋭さでそこに気づいたのだろう。
思い出してくすくす笑ったマリアに、見上げるほど大きく育った息子は「何だよ」と眉を顰めた。

「ん~、アルの音、好きだなぁ、って」
「──は?」
「特に最近の音なんて、甘くて甘くて」
「・・・っ」

身に覚えがありすぎる少年の顔は、瞬時に真っ赤になった。

「好きな子が出来ると、やっぱり違うわね~」
「う、煩いな」
「カノンちゃんのこと、大好きなのね」
「・・・・・・好きですけど、何か」

むすっとした赤い顔でそんなことを言う息子が、何だかたまらなく可愛くて、マリアは俄然やる気になった。

「──よしっ! マリアさん、張り切っちゃう!」
「いや、むしろ張り切らないでくれ、って頼みたかったんだ」
「何でよ」
「当たり前だろ。チェロならともかく、マリアの音と俺の声じゃ、200万光年くらい違うんだぞ?」
「──あら、結構近いのね」
「・・・・・・」

そうだった、こういう性格だった。
頭を抱えたキニアンに、マリアはその名の通り聖女のような笑みを浮かべた。

「さぁ、さぁ。可愛いカノンちゃんのために、早速練習するわよ~」

ここでもしまった、と思ったキニアンだった。
マリアは、気分が乗らないときはとことん不調だが、一度スイッチが入ると誰にも止められない。
1日中でもヴァイオリンに触っている。

「いや・・・あの・・・お手やわらかに」
「アルの歌ってどんな感じなのかしら~。アルフレッドに自慢しちゃおっと」

きゃっきゃ言ってさっさと練習室に向かってしまった母親の後姿に、キニアンはがっくりと肩を落としたのだった。



**********

うん、何も勝てる要素がないよ、キニアン君。頑張れ。
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