小ネタや更新記録など。妄想の赴くままに・・・
見させていただいたお礼代わりに。
ここ最近本当に忙しくて、だいぶぐったりしていました。昨日は歓送迎会、今日は仕事で帰りが遅くて世界選手権リアルタイムで見られませんでした。男子は明日以降にでも動画を探しますが、とりあえず、今日の魔王様に感動したので。
ここ最近本当に忙しくて、だいぶぐったりしていました。昨日は歓送迎会、今日は仕事で帰りが遅くて世界選手権リアルタイムで見られませんでした。男子は明日以降にでも動画を探しますが、とりあえず、今日の魔王様に感動したので。
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フレデリック・ショパンの『ノクターン』は、青年期から晩年にかけて数多く作曲された。
特に有名なのは第2番変ホ長調であろう。
『ノクターン』とはラテン語で夜を指す『Nox』から派生し、修道院などで行われる晩祷のことを言う。
夜の黙想や瞑想などの意味も持つ語を戴いた、甘くやさしい、静かな音楽だ。
パラパラと、あたたかな雨の降る静かな夜。
『ピアノの詩人』と呼ばれたショパンらしい、美しい夜を思わせる音楽である。
──そして今、リンクの上に月の精が舞い降りる。
左足と右手を軽く引いた姿勢を取るのは、紫水晶の衣装を身につけた少女。
年齢からすればもう立派な『女性』であったが、天真爛漫で穢れを知らない笑みを浮かべる彼女は、いくつになっても少女のようだった。
菫色の瞳より少し淡い色の衣装は、きらびやかな胸元が美しい女性を、ふわふわとしたチュール部分が愛らしい少女を表しているようだ。
開始ポジションに着いたシェラは、ポーズを取ってふぅ、と軽く息を吐いた。
そうして、そこから夢のような時間が始まったのだ。
ピアノの音が会場に流れると、彼女は音もなく滑り出した。
体重などまるで感じさせない、リンクの氷を一切削ることもないスケーティング。
『滑らか』と言うよりは、氷の上数ミリのところに浮いているかのようなふわふわとした動作は、彼女にしか出来ないものだ。
すんなりと伸びた手足は空気の流れと一体になっているかのように動き、さながら彼女自身がやわらかな風のようであった。
うっとりと見つめていると、独特の助走から──テイクオフ。
それまでのふわふわとした動きが嘘のような鋭い回転のトリプルアクセルは、しかしやはり着氷時には何の音もしなかった。
会場の歓声の方がずっとずっと大きく、けれどその歓声も、彼女の次の動きに注目するように瞬く間に静まった。
また、ピアノの音だけが会場を支配する。
フィギュアスケートの女子シングルの選手では今現在彼女しか跳ぶことの出来ない大技は、大きな得点源でもあるが、何より彼女のプライドであった。
超難度の技を決めたようにはまるで見えないやさしい笑みを浮かべて、シェラは演技を続ける。
トリプルアクセルという大技も、まるで水面に少し顔を出した岩の上をふわり、ふわりと跳んだようにしか見えない。
重力というものをまったく無視したかのような、軽やかな動き。
氷の上に滑った跡すら残らないスケーティングで、月の精霊となった少女はトリプルフリップもふわりと跳んだ。
そこから2つ続けてのスピンは、回転速度はもちろん、ポジションも正確で美しく、うっとりとため息が零れてしまうような見事なものであった。
夜に開く花を思わせる、甘い香りと光を振りまくようなスピンは、どちらも最高難度のレベル4。
そうして、開いた花から飛び立った精霊は、3回転と2回転のループジャンプ──それも信じられないような幅だ!──を着氷すると、笑顔で舞い踊り始めた。
月の光が静かに見守る湖畔で、花々の間を縫うように飛び回る精霊は、遊ぶように、ときに祈るように舞い続けた。
今シーズン、女子のステップでレベル4がつくことはなかなかなかったが、どのジャッジも2点、ないし3点の加点をつけたステップは、その難易度などまるで感じさせないほどに軽やかだった。
星屑があたたかな雨となって降ってくるような、この世の美しいものすべてを集めたような精霊の演技は、笑顔のビールマンスピンで締めくくられた。
すっと手を伸ばしたフィニッシュのポーズをシェラが取った瞬間、会場はワッと沸いた。
大歓声と、惜しみない拍手、むろん観客はスタンディングオベーションで彼女の演技を讃えた。
ジャンプも、スピンも、ステップも、何ひとつ取りこぼすことなく、すべてプラスの評価をもらえるような素晴らしい演技。
むろん、演技構成点でもすべて8点台後半から9点台だ。
そんな演技に、誰よりも自分に厳しい少女も満足したのだろう。
どこか神々しいまでの演技中とは違い、にこにこと笑顔で客席に挨拶をしたシェラはとても嬉しそうだった。
リンクサイドでは、彼女のコーチである男がいつもの無愛想で待っていた。
けれど、軽くハグをしたとき、ほんの一瞬だけ、いつもより長かった気がした。
きっと気のせいだろう、と思ったシェラだった。
もしかすると、満足する演技が出来た自分の方が、一瞬身体を離すのが遅れたのかも知れない。
コーチはシェラに何の言葉も掛けなかったが、一緒にいた振付師の青年がひと言、
「──良かったぜ」
と言ってくれた。
シェラはそれに笑顔でこっくりと頷いて、3人はキス・アンド・クライへと向かった。
──そうして、彼女は新たな『伝説』の幕を開けた。
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心が洗われるようでした。
美しいものを、ありがとう。
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