小ネタや更新記録など。妄想の赴くままに・・・
結構間が空いてしまいましたね。
久々に小ネタいきましょう。
下手したら一番好きなふたり組かも知れません。
久々に小ネタいきましょう。
下手したら一番好きなふたり組かも知れません。
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「こら。大人しくしていろ」
低く、艶やかな声がささやく。
すり、と耳朶を撫でる指先の硬さを感じて、頭の中は馬鹿みたいに「やばい」という言葉で埋め尽くされた。
「力を抜け。すぐに終わる」
それが出来たら苦労はしない。
左耳の音はほとんど切っているけれど、この声が聴きたくて勝手にボリュームを上げそうになる。
それに気づいたのか、正面にあった顔が少し右側に傾く。
「痛いことはしな・・・あぁ、少し、痛いかな?」
クスッ、とからかうようにちいさく笑う声で、全身火がついたみたいに熱くなった。
右耳に唇が触れそうなほど寄せられて、「こっちに集中しろ」と、少し掠れた甘い美声が耳元から脳まで支配してくる。
──このひと・・・俺のこと殺す気だ!!
じわっ、と視界が滲んだ瞬間、パチン、とどこか遠い音と衝撃が左耳に走る。
ジン、と痺れる感覚に驚いて目を瞠ると、耳から俺を殺そうとしてきたひとが、切れ長の目をやさしく細めた。
ものすごい美形だ。
羨ましいとか妬ましいとか、思うことすら出来ないくらい完璧な造作。
「いい子だ。左耳は終わったぞ」
よしよし、と頭を撫でられて、詰めていた息を吐き出したところで左耳に音を戻す。
いくら音を切っていても、まったく聴こえなくなるわけじゃない。
それも、耳元で大きな音がしたら絶対に動いてしまうと思ったから頼ったが。
──・・・カノンの声は甘くて可愛いけど・・・この声はダメだ・・・。
猫のように気まぐれな女王様の声は、ツンと澄ましているときも、甘くねだってくるときも可愛くて愛しい気持ちになるのだけれど、この声は人を──というか、俺をダメにする。
「ヴァンツァー・・・おれ、もうかたみみ、むりです・・・」
情けないと思われてもいい。
泣きそうな声で訴えたら、藍色の瞳に不思議そうな色が浮かんだ。
「だって、いま、お、俺のこと──口説く気で喋ってたでしょう!」
自意識過剰と思われるかも知れないが、俺の耳はちょっと変わっている。
どうしても練習時間の少なかった高校時代まではともかく、大学で音と向き合う時間が増えて以降は、どんどんおかしくなっていった。
ドラマや映画を見ても、ほとんどの役者の台詞はただただ空虚で。
カノンとのデートで映画を見に行ったあと感想を訊かれて、何度困っただろう。
劇中曲や主題歌など、音の良いところを探して感想を言えば「アリスらしい」と笑ってくれてほっとした。
けれど、どうしても、どうやっても何も見つけられない作品もあって。
俺は態度や顔に出るらしいから、「つまらなかった?」と悲しそうな顔をされて、慌てて正直に告げたらなぜかヴァンツァーの前に連れて行かれて。
ジンジャー・ブレッドの映画やベティ・マーティンの舞台を見て──「あぁ、これだ」と思った。
往年の大女優や銀河に名を轟かせる舞台女優とも親交のあるヴァンツァーって何なんだろう? と思いつつ、「自分に惚れない女とは仲が良い」と真顔で言うヴァンツァーって、やっぱり何なんだろう? と思ったりした。
そして、そんな大女優たちと同じものを、ヴァンツァーから感じるのだ。
ヴァンツァーは何というか、思わせぶりな態度を取るのが上手い人だけれど、いつもは「またそうやってからかって」と言えるのに。
「俺そういうの分かるんですからね!」
今のは本気だった。
本気の演技──演技だというのは分かっているが、相手にそうと信じ込ませるだけの力を持った台詞だった。
映画や舞台を見ている間は惹き込まれて、幕が下りるとほっと息を吐くような。
「気を紛らして欲しいと言ったのはアルだろう?」
「現実世界を全部舞台に変えちゃうヴァンツァーがやっちゃダメなヤツです!」
──そう、ヴァンツァーがやると、幕が下りない。
特に、俺みたいな馬鹿を相手にしたら絶対ダメなヤツだ。
ヴァンツァーは資産家で俺は全然金なんて持っていないが、全財産じゃ足りなくて借金までして貢いでも、こっちが「ありがとう」と言ってしまうくらいダメなヤツだ。
「アルは耳がいいから。片方に集中すればもう片方は気にならなくなると思って」
「・・・そうやって善意の塊みたいな顔してても、声が面白がってるのだって分かってるんですからね」
恨めしげにちょっと睨んだら、驚いたように藍色の瞳が丸くなって、口許を手で覆って視線が逸らされた。
そして、少し困ったような顔で「悪かった」と口にされた言葉は心からのものだと分かったから、ふ、と肩の力を抜いて、謝罪のハグを受け入れた。
「だから病院で開けてもらえば良かったのに」
ポンポン、と抱えるようにして頭を撫でられる。
穴を開けたばかりの左耳がジンジン痺れていて、そこから流れ込んで来る低くて穏やかな声が心地良いけれどくすぐったい。
「耳、おかしくないか?」
「・・・これくらい、大丈夫です」
皮膚が敏感になってはいるけれど、音を絞っていたから鼓膜には影響ない。
保冷剤で耳を冷やして、アルコールで消毒して・・・病院だったらもっと別な方法で開けられたのかも知れないけれど、正直なところ耳を人に触られるのは苦手だ。
「ヴァンツァーなら、信用出来るから」
ポンポン、と規則的に頭を撫でていた手が止まって、少しして「そうか」と嬉しそうな声が聴こえて俺も嬉しくなった。
「アルは、左が利き耳か?」
「はい。それもあって、音を言語化するのはちょっと苦手です」
「音楽家は、左が多いらしいな」
「そうですね。昔はカノンに『ちゃんと聴いてる?!』ってよく怒られました・・・会話をするときは、出来るだけ右を使うようにしています」
「今は?」
「・・・俺、ヴァンツァーの声好きなんです。チェロの音にすごく似ていて、心地良くて」
だから左で聴いてますよ、とちょっと笑って言った。
今のヴァンツァーはいつもよりゆっくりめに話してくれて、左側で喋っていても言葉に変換する時間がある。
「それは光栄だな」
おどけたような、それでいて隠し切れない誇らしさがあって、頭の中が幸福感で満たされる。
弓で弦を擦るときみたいな少し掠れた響きが、耳から心臓に伝わる。
「眠そうだな」
「ヴァンツァーの声って、子守唄に良さそうですね」
すり、と右耳を撫でられて、ひんやりして気持ち良かったけれど、「じゃあ歌うか?」と聴こえてきたハミングに意識が持って行かれる。
信じられないくらい男前で、やさしくて、頭が良くて、歌まで上手いなんて反則だと思うのに、もう何でもいいからこの声をもっと聴いていたい。
──パチンッ。
突然の音と二度目の軽い痛みと痺れる感覚に、はっと目を開ける。
焦点が合わないくらい近くにあった藍色の瞳が軽く眇められた。
瞬きも出来ないでいると、形の良い唇がゆっくりと動いた。
──いい子だ。
声はなかったけれど、そう言ったのは分かった。
「ちゃんと両耳開けられたじゃないか」
今度はにっこり笑って、「アルはやれば出来る子だな」と頭をポンポンされた。
「・・・ヴァンツァー」
「うん?」
「もしかして、全然反省してませんでした?」
「したさ」
心外だ、という顔になったひとは、その美貌にゆったりと笑みを浮かべてこう言った。
「──お前の耳には、そう聴こえただろう?」
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ポンコツァーさんが本気を出せばこんなもんですよ。
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