小ネタや更新記録など。妄想の赴くままに・・・
先天性か、後天性か。
**********
今をさかのぼること、ほんの十数年前。
『レガ』という名の集落に、大層可愛らしい男の子がおりました。
歳の頃は6、7歳。
黒く、艶やかな髪に涼しげな藍色の瞳をした美少年です。
あと数年もすれば、ご婦人方が放っておかない美しい青年になるに違いありません。
微笑めば、天使か子悪魔か。
もみじのように小さな手から放たれる礫の一撃は、巨大な熊ですらイチコロです。
ふわり、と音もなく舞い上がったところから、ごくごく細く研いだ銀線が放たれれば、相手は首と胴が離れたことにも気づかずに歩き続けた、と言います。
剣の腕だって超一流。
大剣はちょっと大きすぎますが、小太刀を使わせれば大根の桂剥きだって自由自在なんです!
そんな、大変美しくて強いヴァンツァーくん。
ある日、行者としての修行を積んでいると、宗師様に呼ばれました。
宗師様は、非常に偉い方です。
腕を磨き、一流の行者となるべく修行しているヴァンツァーくんのような少年たちにとって、雲の上の存在なのです。
だから、宗師様のいる薄暗い部屋へ通されたとき、ヴァンツァーくんは少し緊張していました。
何といっても、宗師様の言うことは絶対なのです。
「──ヴァンツァー、と申したかの」
厳かな初老の宗師様の声に、ヴァンツァーくんの細い肩がピクリ、と震えました。
「・・・はい」
何だか、喉が渇きます。
震えそうになる手を、ぎゅっと握り締めると、宗師様はふ、と微笑まれました。
ヴァンツァーくんは、驚いて目を瞠ります。
「励んでいるようじゃな」
「・・・ありがとうございます」
素直にお礼を言うと、宗師様はうんうん、と頷きました。
とてもやさしいお顔です。
ヴァンツァーくんは、ほっとして肩から少し、力を抜きました。
「──いかん」
「──!!」
急に宗師様の声が低くなり、その窪んだ眼も鋭さを増します。
戦いに身を置くヴァンツァーくんには慣れた、殺気にも似た雰囲気で、思わず身構えました。
「いかんぞ、ヴァンツァー」
「・・・申し訳、ございません」
『何が悪いのか』とは訊かない──訊いては、いけない。
そう、教えられている。
里の長たちの言うことは、絶対なのだから。
宗師様は、やはり重々しく頷きます。
「・・・今日は、そなたにひとつ、秘儀を授けよう」
ヴァンツァーくんは、青い目を大きくしました。
宗師様直々に、何か技を伝授して下さる、という。
こんな名誉なことはありません。
「──ありがとうございます!」
嬉しくて、つい、声を大きくしてしまいました。
「──それがいかん、と言うのじゃ!」
カッ、と落ち窪んだ眼が見開かれ、黄ばんだ瞳が蝋燭の明かりに不気味に光っています。
思わず、ヴァンツァーくんはゴクリ、と喉を鳴らしました。
唇を引き結び、青褪めた顔で雲の上の人を見つめます。
「・・・お前は、今日から一切の感情を捨てろ」
「感情・・・?」
「表情を動かすな、と言うておる。むろん、言葉も必要最低限以外は、口にしてはならぬ」
「・・・」
なぜなのだろう? と賢いヴァンツァーくんは思いました。
けれど、それは口にしてはいけないことなので、気にはなりましたが、ぐっと堪えて頷きました。
直後、険しいお顔をなさっていた宗師様は、にっこりとやさしいお顔になりました。
「言葉や表情はな、時折用いるからこそ、効果を発揮するのじゃ。特にお前のような美しいものは、いつも微笑んでいるよりも、常は無表情でありながらここぞ、というときにゆったりと微笑むくらいの方が、絶大な効果を発揮するじゃろう」
「・・・はい」
「よしよし、賢いの。わしの言うことをきちんと聞いておれば、お前は他に並ぶもののない、最高の技量を誇る行者になるであろう」
「──・・・ありがとう、ございます・・・」
これも非常に嬉しい一言ではありましたが、ヴァンツァーくんは宗師様の言いつけを守って、表情を引き締めたまま頷きました。
「そうじゃ、そうじゃ。それで良いのじゃ」
うん、うん、と宗師様は満足気に何度も頷きます。
「──では、行け。励むが良いぞ」
「──はっ」
深く頭を下げ、ヴァンツァーくんは宗師様の館を出ました。
そうして、深呼吸をすると今しがた言われたことを胸の中で繰り返しました。
──喋っちゃいけない・・・笑っちゃいけない・・・。
胸中呟いては頷きます。
──時々笑う方が、効果的・・・。
またまた頷きます。
──喋っちゃいけない・・・笑っちゃいけない・・・。
・・・延々、自己暗示のように繰り返したヴァンツァーくんは、その日を境に見事な鉄面皮を手に入れたのです。
「────暴れるなよ。すぐ、楽にしてやる・・・」
そう呟き、きめの細かい白磁の肌に這わせた指にぐっと力を込め・・・その美貌に、ゆったりと、しかし凄絶なまでの笑みをたたえる・・・。
────・・・宗師様の言いつけを守っていた頃のヴァンツァーくんは、確かにカッコ良かったのです。
そう・・・本当に・・・本当に、カッコ良かったのです・・・。
宗師様は、やはり、正しかったのです・・・・・・。
END.
*********
落ちてねぇ・・・。
これじゃ、ただの『嘆き』だ・・・。
今をさかのぼること、ほんの十数年前。
『レガ』という名の集落に、大層可愛らしい男の子がおりました。
歳の頃は6、7歳。
黒く、艶やかな髪に涼しげな藍色の瞳をした美少年です。
あと数年もすれば、ご婦人方が放っておかない美しい青年になるに違いありません。
微笑めば、天使か子悪魔か。
もみじのように小さな手から放たれる礫の一撃は、巨大な熊ですらイチコロです。
ふわり、と音もなく舞い上がったところから、ごくごく細く研いだ銀線が放たれれば、相手は首と胴が離れたことにも気づかずに歩き続けた、と言います。
剣の腕だって超一流。
大剣はちょっと大きすぎますが、小太刀を使わせれば大根の桂剥きだって自由自在なんです!
そんな、大変美しくて強いヴァンツァーくん。
ある日、行者としての修行を積んでいると、宗師様に呼ばれました。
宗師様は、非常に偉い方です。
腕を磨き、一流の行者となるべく修行しているヴァンツァーくんのような少年たちにとって、雲の上の存在なのです。
だから、宗師様のいる薄暗い部屋へ通されたとき、ヴァンツァーくんは少し緊張していました。
何といっても、宗師様の言うことは絶対なのです。
「──ヴァンツァー、と申したかの」
厳かな初老の宗師様の声に、ヴァンツァーくんの細い肩がピクリ、と震えました。
「・・・はい」
何だか、喉が渇きます。
震えそうになる手を、ぎゅっと握り締めると、宗師様はふ、と微笑まれました。
ヴァンツァーくんは、驚いて目を瞠ります。
「励んでいるようじゃな」
「・・・ありがとうございます」
素直にお礼を言うと、宗師様はうんうん、と頷きました。
とてもやさしいお顔です。
ヴァンツァーくんは、ほっとして肩から少し、力を抜きました。
「──いかん」
「──!!」
急に宗師様の声が低くなり、その窪んだ眼も鋭さを増します。
戦いに身を置くヴァンツァーくんには慣れた、殺気にも似た雰囲気で、思わず身構えました。
「いかんぞ、ヴァンツァー」
「・・・申し訳、ございません」
『何が悪いのか』とは訊かない──訊いては、いけない。
そう、教えられている。
里の長たちの言うことは、絶対なのだから。
宗師様は、やはり重々しく頷きます。
「・・・今日は、そなたにひとつ、秘儀を授けよう」
ヴァンツァーくんは、青い目を大きくしました。
宗師様直々に、何か技を伝授して下さる、という。
こんな名誉なことはありません。
「──ありがとうございます!」
嬉しくて、つい、声を大きくしてしまいました。
「──それがいかん、と言うのじゃ!」
カッ、と落ち窪んだ眼が見開かれ、黄ばんだ瞳が蝋燭の明かりに不気味に光っています。
思わず、ヴァンツァーくんはゴクリ、と喉を鳴らしました。
唇を引き結び、青褪めた顔で雲の上の人を見つめます。
「・・・お前は、今日から一切の感情を捨てろ」
「感情・・・?」
「表情を動かすな、と言うておる。むろん、言葉も必要最低限以外は、口にしてはならぬ」
「・・・」
なぜなのだろう? と賢いヴァンツァーくんは思いました。
けれど、それは口にしてはいけないことなので、気にはなりましたが、ぐっと堪えて頷きました。
直後、険しいお顔をなさっていた宗師様は、にっこりとやさしいお顔になりました。
「言葉や表情はな、時折用いるからこそ、効果を発揮するのじゃ。特にお前のような美しいものは、いつも微笑んでいるよりも、常は無表情でありながらここぞ、というときにゆったりと微笑むくらいの方が、絶大な効果を発揮するじゃろう」
「・・・はい」
「よしよし、賢いの。わしの言うことをきちんと聞いておれば、お前は他に並ぶもののない、最高の技量を誇る行者になるであろう」
「──・・・ありがとう、ございます・・・」
これも非常に嬉しい一言ではありましたが、ヴァンツァーくんは宗師様の言いつけを守って、表情を引き締めたまま頷きました。
「そうじゃ、そうじゃ。それで良いのじゃ」
うん、うん、と宗師様は満足気に何度も頷きます。
「──では、行け。励むが良いぞ」
「──はっ」
深く頭を下げ、ヴァンツァーくんは宗師様の館を出ました。
そうして、深呼吸をすると今しがた言われたことを胸の中で繰り返しました。
──喋っちゃいけない・・・笑っちゃいけない・・・。
胸中呟いては頷きます。
──時々笑う方が、効果的・・・。
またまた頷きます。
──喋っちゃいけない・・・笑っちゃいけない・・・。
・・・延々、自己暗示のように繰り返したヴァンツァーくんは、その日を境に見事な鉄面皮を手に入れたのです。
「────暴れるなよ。すぐ、楽にしてやる・・・」
そう呟き、きめの細かい白磁の肌に這わせた指にぐっと力を込め・・・その美貌に、ゆったりと、しかし凄絶なまでの笑みをたたえる・・・。
────・・・宗師様の言いつけを守っていた頃のヴァンツァーくんは、確かにカッコ良かったのです。
そう・・・本当に・・・本当に、カッコ良かったのです・・・。
宗師様は、やはり、正しかったのです・・・・・・。
END.
*********
落ちてねぇ・・・。
これじゃ、ただの『嘆き』だ・・・。
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