小ネタや更新記録など。妄想の赴くままに・・・
欲しいから自家発電。
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盛夏は去り、幾分かひんやりとした風がカーテンを揺らす昼下がり。
やさしい弦楽の調べが室内を満たす。
天上の音楽を奏でるのは、端正な容貌の青年。
幼い頃は金に近い色素の薄い髪であったが、成長するにつれてその髪色は母の持つ栗色に近くなっていった。
瞳は若葉とも翡翠とも思える緑で、これも母親譲りだ。
何より、百年にひとりと賞賛される彼女の音楽の才を色濃く受け継いでいる。
豊かな感性を裏付けるための技巧は、『神の手』を持つと言われる彼の父親から徹底的に叩き込まれている──本当に、「これは音楽か? 格闘技か?」というほど、厳しい訓練を受けているのだ。
天才の子が天才とは限らないが、彼──アリス・キニアンに関しては、間違いなく後世に名を残す音楽家のひとりになるであろうことが簡単に予想出来た。
だがしかし、己の才能に無頓着な青年は、どんな大舞台に立つよりも、愛する伴侶やその家族の前で穏やかに演奏することを好んだ。
今も、ファロット家の四つ子のうちの少女ふたりに請われるまま、ミニリサイタルを開いている。
観客はたったふたりだが、父親同様、真面目が服を着て歩いているような青年は『手を抜く』という言葉すら知らぬ気に、相棒であるチェロとの『おしゃべり』を楽しんでいた。
やがて、キニアンがもっとも好む作曲家の楽曲を演奏し始めたとき──。
チェロの音どころか、風の音にも溶けそうな細い音色がキニアンの耳に入った。
演奏する手はそのままに目を見開くと、雪白の髪に色違いの瞳を持つ少女たちが、歌っていた。
歌詞はない。
何らかのフレーズのようにも聴こえるが、おそらく意味を為さない──少なくとも、中央銀河の共通言語には当てはまらない響きだ。
けれど、キニアンの奏でる曲とまったく同じメロディーで歌われるそれを、彼は『神の言葉』だと思った。
やさしく、切なく、どこまでも透明な歌声は、細いのに伸びやかで──ただ、ひたすらに美しかった。
たった5歳の子どもの声ではない。
まるで、彼女たちの身体を何か尊いものが借りているように、心が震える。
──ふ、と。
曲の途中だというのに演奏の音が止み、少女──アリアとリチェルカーレも歌を止めた。
──やめないで。
言おうとしたのに言葉が紡げず、キニアンは滲む視界に「あぁ、俺泣いてるのか」と気付かされた。
「あーちゃん?」
「どしたの? いたいの?」
いとけない様子で心配そうに足元に寄ってくるふたりに、キニアンは目元を覆って首を振った。
そうして、どうにか「違うよ」とだけ答えた。
「「かなしいの?」」
「まさか!」
あは、と泣き笑いの表情になった青年は、ゴシゴシと些か乱暴に目元を拭った。
心配そうに見上げてくる義理の妹たちの頭をやさしく撫でてやる。
不思議そうに、けれど嬉しそうに撫でられている彼女たちに、キニアンは言った。
「あんまり綺麗だったから、びっくりしただけ。誰かに、この曲を教わったの?」
訊ねられた言葉の意味が分からず、少女たちは顔を見合わせた。
「おそわる?」
「おべんきょ?」
「まぁ、そうかな」
頷くキニアンに、ふたりは揃って首を振った。
「「おしゃべりしただけ」」
「──おしゃべり?」
思いがけない言葉に、キニアンは目を瞠った。
「このこと」
「このこ、あーちゃんとおしゃべりするの、すきなんだって」
「だから、アリアたちもなかまにいれてもらったの」
えへ、と同じ表情で微笑む義妹に、キニアンはまた目が潤むのを感じた。
「そうか・・・。《ラファエル》は、何て言ってた」
「ん~・・・ほんとはね、もっとたくさんのひとにきいてほしいんだって」
「ラファは、あーちゃんがだいすきだから、もっともっとだいすきになってほしいんだって」
「──《ラファエル》のことを?」
「「んーん。あーちゃんのこと。みんなに」」
「・・・・・・」
お前、そんなこと考えてたのか、とキニアンは左腕に抱えた相棒を見遣る。
巧く弾くことはしてやれないけれど、少しでもこの相棒が気持ちいいように。
そんな風に思って演奏していると、時々、驚くほど美しい音が出る。
気分屋な相棒が彼の伴侶に似ている気がして、最近は少し、扱い方が分かってきた。
「じゃあ、みんなに聴いてもらおうか」
「「──みんな?」」
「ヴァンツァーとか、シェラとか」
「「おにいちゃまとか、おねえちゃまとか?」」
「もちろん、ロンドもフーガも、ライアンもな」
「「──みんな!」」
嬉しそうに微笑む義妹たちに、キニアンも同じように笑みを浮かべた。
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ちびちゃんたちの歌は、グノーのアヴェ・マリアがイメージ。橘はバッハが大好きなのです。
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