小ネタや更新記録など。妄想の赴くままに・・・
クラシック。ロストロポーヴィチのバッハ『無伴奏チェロ組曲第1番』。そんなにクラシックを聴くわけでもないし、音楽家を知っているわけでもないけれど、彼の音が好きです。これはもう、感覚。有名な演奏家のものでも、合わない音ってある。どんなに技巧的に完璧でも、そのときの私の心には届かない音がある。同じ音源の曲でも、聴くときの気分によって音が変わる。
すべては、受け取り方。
それだけ。
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キニアンは、両親揃って高名な音楽家である。
父はチェロを、母はヴァイオリンを。
それぞれの楽器を扱う音楽家で、この夫妻の名を知らぬものはいないほど。
父は『情緒ある精密機械』と呼ばれるほど、正確無比な演奏を行う。
かといって、技巧だけではない。
母は百年にひとりと言われる感性の持ち主。
そんな両親のもとに生まれたアリス・キニアンも、中高とバスケ部に所属してはいたが大学は音楽科だ。
それは、父との約束であった。
入学早々、キニアンは本人の意思とは無関係に、周囲の注目を集めた。
本人が非常に目立つ容姿をしている上に、両親は『あの』キニアン夫妻ときている。
羨望と嫉妬の混じった視線を、本人は特に気にした様子もなかった。
自分がそんなに目立つ存在だとは思っていないのである。
繊細かつ芳醇、力強く輝く両親の音を、それこそ母親の胎内にいるときから聴いて育ったキニアンだ。
その天賦の耳と感性によれば、己の演奏の稚拙さにはため息しか出ない。
だから、その日も彼は困っていた。
「ちょっと教授に目ぇ掛けられてると思いやがって」
練習室で数人の友人や相棒と戯れていた青年の耳に、そんな言葉が滑り込んできた。
発達し過ぎた聴力は些細な音も拾ってしまうため、頭痛を避けるために普段は一部遮断している。
けれど、演奏をするときはそうではない。
小声だろうと拾っただろうけれど、彼らはわざと聴こえるようにそう言ったのだ。
誰のことを指しているのか確認するまでもないが、キニアン自身はまったく気にしていなかった。
親の七光りと言われるのは大学に入学してからの数ヶ月で慣れてしまった。
気にしても仕方ないし、目を掛けられているといっても単位取得が優遇されるわけではもちろんない。
むしろかなり厳しく指導をされている自覚はある。
やれ、弓の持ち方がどうだの、チェロを構えたときに脇が開く癖をどうにかしろだの、演奏の出来に波があるだの、父親に言われるのと同じようなことを繰り返されている。
そうそう器用な性格をしていないので、言われたことをすぐに直せるわけではない。
それでも、彼らの指導を参考にして演奏をすると、確かに音が違うのだ。
キニアンが通うのは父であるアルフレッドが教授を務める大学であり、現代最高のチェリストのひとりに数えられる彼の授業は履修を希望する学生が殺到する。
演奏会のために大学で教鞭を取れる日が限られているから余計だ。
キニアンは「家に帰ればいるし」と思って履修届けを出さなかったのだが、なぜかしっかり履修科目に入っていた。
アルフレッドの講義を入れると、その日の授業はかなりタイトなスケジュールになる。
だから入れたくなかったのに、と正直な青年は馬鹿正直に父親に言ったわけだが、特大の雷が落とされた。
そんなアルフレッドの講義を受講したかったのに出来なかった学生が、「親子だからってずるい」だの、「大した腕でもないくせに」だの言ってくるわけだ。
父の厳しさは身に沁みて知っているので、心の底から「代わって下さい」と言いたかったキニアンだが、そんなことをしても逃げられないことも嫌というほど分かっている。
幸い、大学で出来た友人たちは皆、キニアンの両親のことは抜きにして彼に対して好意的であり、才能を磨きあう良きライバルとしても得がたい人物たちだった。
「ばっかじゃないの、ひがんじゃって」
こちらもわざと聴こえるように言うのは、キニアンの友人のひとりであるヴァイオリン専攻の少女だ。
真っ直ぐな栗色の髪と、勝気な表情の似合う水色の瞳の少女は、大層な美人なのだが驚くほど口が悪い。
俺の周りはこんなのばっかりか、と思ったこともあるキニアンだったが、あんまり大人しい子はどう扱って良いのか分からないので、助かるといえば助かる。
「・・・アシュリー」
苦笑したキニアンに、アシュリーはキッ、と眉を吊り上げた。
「だいたい、あなたも何か言い返しなさいよ!」
「別に俺は・・・」
「その身長と無愛想な顔で平和主義とか、意外性以前の問題よ」
「平和主義ってわけじゃないよ」
「いつも言われっ放しじゃない」
「まぁ、半分くらいは本当のことだし」
「本当にことだって、頭来るでしょうが!」
「いやぁ、あんまり・・・」
首を傾げながら話す青年に、アシュリーの方がいらついている。
「親の七光りで食べていけるほど、この業界甘くないのよ。先生たちだって、アルの才能を買ってるんでしょうが」
「そんな大したものでもないんだけど・・・」
「無自覚も大概にしないと厭味よ?!」
「・・・どっちの味方だよ」
ため息を零したキニアンの様子も、アシュリーは気に入らないらしい。
「あたしは、あんたの音すごいな、って思ってんの。それを認めないってことは、あたしのこともないがしろにしてるってことよ?!」
「いや、それ言いがかり・・・」
「素人の演奏聴いて泣いたのなんか、あんたのが初めてなんだから!」
「あぁ・・・それはどうも、ありがとうございます・・・?」
余計なことを言うととばっちりを喰らいそうなので、そんな風に返したのだが、それも良くなかったらしい。
本当に、女心というやつはよく分からない。
「とにかく! あんたたち、今の暴言謝りなさいよ!」
「・・・俺、別に気にしてないけど」
「あたしが気になんのよ!」
「・・・・・・」
これは止めても無駄だな、と悟ったキニアンは、知らぬふりをして弓の手入れを始めたのだった。
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この先も考えてあるけど、こんな時間なので寝ます(笑)あー、書く気になってるのに、どうして時間は進むのか・・・・・・。
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