小ネタや更新記録など。妄想の赴くままに・・・
ので、ほっこり出来る(であろう)小ネタいってみましょう。
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「・・・ただいま」
吹雪く勢いで雪が降る厳寒の深夜。
玄関からは死にそうなほど暗い男の声が聞こえてきて、シェラは出迎えるための足を途中で止めてしまった。
「お帰り。どうした? 仕事、上手くいかなかったのか?」
玄関先で外されたマフラーを受け取ると、ジト、と恨みがましい視線が向けられてきょとんと菫の瞳を丸くする。
「上手くいかなかった? 俺が出向いたのに?」
あるわけないだろう、そんなこと。
そう言いたいらしい。
その台詞は、何もヴァンツァーが自分自身を有能だと思っているからではない──まぁ、事実有能ではあるのだが。
「超大口の契約だろう? っていうか、お前この雪の中よく帰ってきたな」
「俺の中ではとっくに家に着いていて、夕飯は家族揃って摂るはずだった」
些か乱暴に脱いだコートも受け取ったシェラは、だいぶご機嫌斜めらしい、と嘆息した。
本当であれば今日は休日で、可愛い子どもたちとめいっぱい遊んでいるはずだったのを邪魔され、近年稀に見る機嫌の悪さだ。
それでもあまり大きな声を出さないのは、子どもたちが夢の中であることをよく弁えているからだろう。
「何か食べるか? それとも珈琲?」
「食べる──・・・何も食べてないんだ」
「──は?」
珍しくくたびれきった様子で一度自室へ向かったヴァンツァーを、シェラはぽかん、とした顔で見送った。
そうして、「いけない、いけない」と頭を振って食事の用意を始めたのだ。
着替えて戻ってきたヴァンツァーに、「クライアントと食事じゃなかったのか?」と訊ねると、眉間の皺が酷くなった。
「交通網が麻痺して移動どころじゃなかったからな。契約だけ交わして、帰ってきた」
「いや、麻痺してるならどこかのホテルにでも泊まってくればいいだろう」
馬鹿め、と呟きながらスープを温め直し、下準備をしていた食材を調理していく。
「・・・戻って来るなと言いたいのか」
拗ねた声がすぐ耳元でしたと思ったら背後から抱きつかれて、シェラは軽くイラッとしつつも、疲れて帰ってきた男を労ってやろうとそのままの姿勢でポンポン頭を叩いてやった。
「そうじゃなくて。危ないだろう? お前に何かあったら、子どもたちも心配する」
「・・・起きているうちに帰ってきたかった」
本気でそう思っているらしい男の声に、シェラはくすっと笑みを零した。
「ヴァンツァー。立ってるついでだ。冷凍庫からレモンを取ってくれ」
「──レモン? 何で冷凍したんだ」
「レモンは冷凍しても、解凍すれば生のと同じように使えるんだ。いいから早く」
少し強めに促せば、ヴァンツァーはシェラから離れ、冷凍庫のドアを開けた。
「──え?」
寒いだろうに、冷凍庫の中を見たまま立ち尽くす男の気配を背後に感じ、シェラはニヤリと口端を吊り上げた。
「レモン。早く!」
「いや・・・レモンはない──というか、食品は何もない」
代わりにこれが入っていた、と取り出したのは、高さ30センチほどの雪だるまだ。
「雪だるまぁ~? 誰の悪戯だぁ~?」
わざとらしく素っ頓狂な声を上げるシェラには目もくれず、ヴァンツァーはしげしげと雪だるまを眺めていた。
そして、雪だるまの首に巻かれているのがマフラーではなく、細長く折られた紙だと気づいた。
「シェラ・・・雪だるまに細長い紙が巻いてあるんだが」
「ふぅん。それが?」
「端に、『パパへ』と書いてある」
「へぇ? で?」
調理の手は休めず相槌を打つシェラ。
「手紙ではないかと思うんだが・・・凍っていて、開けられない」
「──あっ!」
しまった、とばかりに慌てて振り向いたシェラは、開けたままの冷凍庫の雪だるまと手元の紙を交互に見つめるヴァンツァーに、へらり、と笑って見せた。
「・・・ど、ドライヤーが、いいんじゃないか?」
シェラの提案に、ヴァンツァーは洗面所からドライヤーを持ってきて、手紙と思しき紙をダイニングテーブルで溶かしにかかった。
くっついていた紙はすぐに剥がれ、ヴァンツァーは帰ってきたときの仏頂面が嘘のようなやさしい顔で、中身を読み始めたのだった。
ちょうど食事の用意を終えたシェラが皿をテーブルに運んでくると、ヴァンツァーは大きなため息を零して額に手を当て、俯いてしまった。
──あれ? そんな暗くなるようなこと、書いてたかな?
不思議に思ったシェラが声を掛けようと近づくと・・・。
微かに聞こえてくる呼吸音にシェラは一度大きく目を瞠り──そうして、ゆっくり微笑みを浮かべた。
テーブルに肘をついて頭を抱えているように見える男を、珍しくシェラから抱きしめてやったのだ。
黒い頭をむぎゅ、と胸元に抱えるようにしたシェラは、殊更やさしい声で話しかけた。
「何て書いてあった?」
訊ねると、こくり、と喉を鳴らすような音が聞こえ、次いで鼻を啜る音。
ヴァンツァーは何も言わず、溶かした紙をシェラに渡した。
「何だ。読んでくれないのか?」
「・・・読めない」
その言葉は嘘ではなさそうで、シェラはくすくす笑うとヴァンツァーの向かいに座って手紙を読み始めた。
ヴァンツァーが「読めない」と言ったのは、手紙が悪いわけではない。
確かに、字は一部鏡文字になったりしていて読みやすくはなかったが、内容はちゃんと分かる。
ヴァンツァーが読めないのは、凍っていた手紙を溶かしたのとは別の理由で、文字が滲んでしまっていたからだ。
「『パパへ いつもおしごとありがとう。きょうはみんなでおらふをつくったよ。いちばんかわいいのはパパにあげるね。 アリア』。──う~ん。うちの子はやっぱり天使だな」
読み終えたシェラは、まだ少し鼻を啜っている男に、にっこり笑顔を向けた。
「実はな。リチェとロンドとフーガのもあるんだ」
「・・・雪だるまがか?」
「あと手紙」
「・・・・・・」
テーブルに並べられた温かい料理を、いつもならばしっかり味わって食べるヴァンツァーなのだけれど。
「今日は許してやろう」
高速で食べ物を胃に詰め込んでいくヴァンツァーの横で、シェラはこれまた凍ってしまっていた手紙3枚を丁寧に溶かしていったのだった。
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年を取って涙もろくなるヴァンツァーがいたっていいじゃない。
「・・・ただいま」
吹雪く勢いで雪が降る厳寒の深夜。
玄関からは死にそうなほど暗い男の声が聞こえてきて、シェラは出迎えるための足を途中で止めてしまった。
「お帰り。どうした? 仕事、上手くいかなかったのか?」
玄関先で外されたマフラーを受け取ると、ジト、と恨みがましい視線が向けられてきょとんと菫の瞳を丸くする。
「上手くいかなかった? 俺が出向いたのに?」
あるわけないだろう、そんなこと。
そう言いたいらしい。
その台詞は、何もヴァンツァーが自分自身を有能だと思っているからではない──まぁ、事実有能ではあるのだが。
「超大口の契約だろう? っていうか、お前この雪の中よく帰ってきたな」
「俺の中ではとっくに家に着いていて、夕飯は家族揃って摂るはずだった」
些か乱暴に脱いだコートも受け取ったシェラは、だいぶご機嫌斜めらしい、と嘆息した。
本当であれば今日は休日で、可愛い子どもたちとめいっぱい遊んでいるはずだったのを邪魔され、近年稀に見る機嫌の悪さだ。
それでもあまり大きな声を出さないのは、子どもたちが夢の中であることをよく弁えているからだろう。
「何か食べるか? それとも珈琲?」
「食べる──・・・何も食べてないんだ」
「──は?」
珍しくくたびれきった様子で一度自室へ向かったヴァンツァーを、シェラはぽかん、とした顔で見送った。
そうして、「いけない、いけない」と頭を振って食事の用意を始めたのだ。
着替えて戻ってきたヴァンツァーに、「クライアントと食事じゃなかったのか?」と訊ねると、眉間の皺が酷くなった。
「交通網が麻痺して移動どころじゃなかったからな。契約だけ交わして、帰ってきた」
「いや、麻痺してるならどこかのホテルにでも泊まってくればいいだろう」
馬鹿め、と呟きながらスープを温め直し、下準備をしていた食材を調理していく。
「・・・戻って来るなと言いたいのか」
拗ねた声がすぐ耳元でしたと思ったら背後から抱きつかれて、シェラは軽くイラッとしつつも、疲れて帰ってきた男を労ってやろうとそのままの姿勢でポンポン頭を叩いてやった。
「そうじゃなくて。危ないだろう? お前に何かあったら、子どもたちも心配する」
「・・・起きているうちに帰ってきたかった」
本気でそう思っているらしい男の声に、シェラはくすっと笑みを零した。
「ヴァンツァー。立ってるついでだ。冷凍庫からレモンを取ってくれ」
「──レモン? 何で冷凍したんだ」
「レモンは冷凍しても、解凍すれば生のと同じように使えるんだ。いいから早く」
少し強めに促せば、ヴァンツァーはシェラから離れ、冷凍庫のドアを開けた。
「──え?」
寒いだろうに、冷凍庫の中を見たまま立ち尽くす男の気配を背後に感じ、シェラはニヤリと口端を吊り上げた。
「レモン。早く!」
「いや・・・レモンはない──というか、食品は何もない」
代わりにこれが入っていた、と取り出したのは、高さ30センチほどの雪だるまだ。
「雪だるまぁ~? 誰の悪戯だぁ~?」
わざとらしく素っ頓狂な声を上げるシェラには目もくれず、ヴァンツァーはしげしげと雪だるまを眺めていた。
そして、雪だるまの首に巻かれているのがマフラーではなく、細長く折られた紙だと気づいた。
「シェラ・・・雪だるまに細長い紙が巻いてあるんだが」
「ふぅん。それが?」
「端に、『パパへ』と書いてある」
「へぇ? で?」
調理の手は休めず相槌を打つシェラ。
「手紙ではないかと思うんだが・・・凍っていて、開けられない」
「──あっ!」
しまった、とばかりに慌てて振り向いたシェラは、開けたままの冷凍庫の雪だるまと手元の紙を交互に見つめるヴァンツァーに、へらり、と笑って見せた。
「・・・ど、ドライヤーが、いいんじゃないか?」
シェラの提案に、ヴァンツァーは洗面所からドライヤーを持ってきて、手紙と思しき紙をダイニングテーブルで溶かしにかかった。
くっついていた紙はすぐに剥がれ、ヴァンツァーは帰ってきたときの仏頂面が嘘のようなやさしい顔で、中身を読み始めたのだった。
ちょうど食事の用意を終えたシェラが皿をテーブルに運んでくると、ヴァンツァーは大きなため息を零して額に手を当て、俯いてしまった。
──あれ? そんな暗くなるようなこと、書いてたかな?
不思議に思ったシェラが声を掛けようと近づくと・・・。
微かに聞こえてくる呼吸音にシェラは一度大きく目を瞠り──そうして、ゆっくり微笑みを浮かべた。
テーブルに肘をついて頭を抱えているように見える男を、珍しくシェラから抱きしめてやったのだ。
黒い頭をむぎゅ、と胸元に抱えるようにしたシェラは、殊更やさしい声で話しかけた。
「何て書いてあった?」
訊ねると、こくり、と喉を鳴らすような音が聞こえ、次いで鼻を啜る音。
ヴァンツァーは何も言わず、溶かした紙をシェラに渡した。
「何だ。読んでくれないのか?」
「・・・読めない」
その言葉は嘘ではなさそうで、シェラはくすくす笑うとヴァンツァーの向かいに座って手紙を読み始めた。
ヴァンツァーが「読めない」と言ったのは、手紙が悪いわけではない。
確かに、字は一部鏡文字になったりしていて読みやすくはなかったが、内容はちゃんと分かる。
ヴァンツァーが読めないのは、凍っていた手紙を溶かしたのとは別の理由で、文字が滲んでしまっていたからだ。
「『パパへ いつもおしごとありがとう。きょうはみんなでおらふをつくったよ。いちばんかわいいのはパパにあげるね。 アリア』。──う~ん。うちの子はやっぱり天使だな」
読み終えたシェラは、まだ少し鼻を啜っている男に、にっこり笑顔を向けた。
「実はな。リチェとロンドとフーガのもあるんだ」
「・・・雪だるまがか?」
「あと手紙」
「・・・・・・」
テーブルに並べられた温かい料理を、いつもならばしっかり味わって食べるヴァンツァーなのだけれど。
「今日は許してやろう」
高速で食べ物を胃に詰め込んでいくヴァンツァーの横で、シェラはこれまた凍ってしまっていた手紙3枚を丁寧に溶かしていったのだった。
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年を取って涙もろくなるヴァンツァーがいたっていいじゃない。
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