小ネタや更新記録など。妄想の赴くままに・・・
おまけです。
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プレイルームを出たシェラは、キッチンへ向かった。
子どもたちにおやつや飲み物を用意するためだ。
四つ子には、ふかふかパンケーキと蜂蜜入りのレモネードにしよう。
ご機嫌な様子のシェラは、ハンドミキサーなどなくても高速でメレンゲを泡立てていく。
卵白4つ分くらいであれば楽勝だ。
これが家族全員分となるとちょっとひと苦労なので、「私もスタンドミキサーをおねだりしようかなぁ」と子どもたちに便乗することを考えてにんまり笑う。
シェラは全然勝負に参加していないけれど、「どうぞ」と言われることは分かっている。
何を買うにも許可など取る必要はないとヴァンツァーは言うが、シェラは夫の口から何か肯定的な言葉が返ってくるのを聞くのが好きなのだ。
「──あ、ヴァンツァー。お前も何か飲むか?」
カチャリ、と廊下からキッチンへ続くドアが開く。
「アイスコーヒーは水出ししたのがあるぞ?」
訊ねてから、夫の黒髪が濡れているのに気づいた。
乾かせと言っても聞かないのだ。
返事もせずじっと見つめてくる藍色の瞳に、シェラは嘆息した。
子どもたちだって自分で乾かすのに、と思いつつ、タオルでわしゃわしゃ髪を拭かれている様子が犬っぽくて嫌いではないシェラだったりするので、首から掛けられたタオルに手を伸ばした。
「甘くないレモネ」
自分で意図した以上に早く妍麗な美貌が迫ってきて、唇が重なった。
「──つめたっ!」
ぎょっとして思わず身を引いたシェラだったが、ガシッと両手で夫の頭を掴んで目を瞠った。
「水浴びたのか? そんなに暑かったか?」
涼しい顔で子どもたちを相手にしていたと思ったが、さすがに四人いっぺんに相手にするのはかなりの運動量だったのだろうか。
「ヴァンツァー?」
ひと言も発しない男は、じっとシェラの瞳を見つめるばかり。
「暑いなら、空調もっと下げるか?」
屋内でも熱中症にはなる。
心配になったシェラは、冷たい黒髪を掻き上げ、高い位置にある額に触れた。
熱を持っていることはなさそうで少し安心したが、自分だったらちょっと遠慮したいことをやらせた自覚はあるので、申し訳ない気持ちになる。
「シェラ」
「ん?」
喋れないほど具合が悪いわけではなさそうで少しほっとしたシェラは、髪を拭いてやろうとタオルに手を伸ばした。
「・・・すまなかった」
そっと抱き寄せられて、シェラは「ほえ?」と目を丸くした。
「俺はお前に・・・あんな顔をさせていたのか」
耳元の声は低く心地良いけれど、少し掠れて聞こえる。
シェラは「何のことだ」と首を捻り、ふと気付いた。
「・・・フーちゃん?」
訊ねれば、肯定が返った。
納得したシェラだった。
おかしいと思った。
ヴァンツァーは手加減できないと言った──だったら、この男が負けるはずはない。
一度アリアに背後を取られたときも、ロッドで攻撃に転じるのをやめて跳躍する程度には冷静だった。
子どもたちを喜ばせるためにわざとやったのかと思ったが、本当に油断したらしい。
「これでも、多少罪悪感はあった」
「うん」
「だが、あんな・・・胸が、抉られそうなほど痛くはなかった」
「そうか」
くすっと笑ったシェラは、肩口に埋められている黒い頭をポンポン叩いた。
あのときを思い出せば、シェラも苦い気持ちになる。
けれど、それ以上の年月を、この男とともに過ごしてきたのだ。
「ちゃんとごめんなさいが出来て、偉いじゃないか」
からかう口調で言えば、抱きしめる腕の力が少し強くなった。
「じゃあ私を喜ばせるために、ちょっとしぼんだそこのメレンゲを泡立ててくれ」
腕の力が緩んで、不思議そうな顔をされた。
「子どもたちがふかふかパンケーキを食べて笑顔になるのが見たい──あと、これからもいっぱい作りたいからスタンドミキサーが欲しい」
どさくさ紛れのおねだりは、やはり不思議そうな顔をされたものの、当たり前のように了承されたのだった。
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シェラさんの中にある、「ヴァンツァーは(人間相手に)負けない」という謎の信頼感のお話。
信じてもらえないかも知れませんが、私は四つ子とのバトル前には「最強で最高にかっこいいヴァンツァーを描く!」と思っていました。本当です。
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