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小ネタや更新記録など。妄想の赴くままに・・・
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書くぞー。




**********

──冗談の、つもりだった。

「嘘は禁止」と言った手前、自分も吐くつもりはなかったけれど。

「食べたいものある?」

料理上手な恋人は、和洋中何を作らせても美味い。
品数も多くて、一人暮らしだったのにそんなに作るのか聞いたら、「副菜は多めに作って冷凍しちゃう」と返ってきた。
自分で作るとしたらパスタを茹でるくらいしかしない身としては、あっという間に何品も出てくるのが魔法みたいに思えた。

「その日はお休みだから、何でも作っちゃうよ!」

再会した頃には、高校の教員ではなく塾の講師をしていた。
個別指導の塾だと聞いて辞めさせようかと思ったが、「今は小学生も大変だよね」と笑って言うので、続けさせてもいいかな、と思い直した。

「──あ、でも、外食の方がいいかな?」

不安そうな顔で、そんなことを訊いてくるから。

「猫耳メイドなあなたを食べたいかな」

そう、返した。
真っ赤な顔になって、「そういうことじゃない!」と怒られた。

「まだちょっと肌寒いから、シチューが食べたいな」

赤ワインと牛バラ肉で作るトロトロのシチューは絶品だ。
贅沢に、それをオムライスにかけて食べたりするとため息しか出て来ない。
店でも開けばいいのに、と頭の片隅で考えて──でも、この味を独り占め出来る幸福は手放せそうになかった。

「・・・シチューだと、寝かせた方が美味しいけど」
「いいよ。たくさん作って、余ったら週末はオムライスにして」

だから、そっちもリクエストしておいた。
予定よりも30分ほど事務所を出るのが遅くなって連絡を入れたら、「大丈夫だから気をつけて帰ってきてね」と言われて、あぁ、帰る場所があるんだ、と頬が緩んだ。

「──悪い、シェラ。本当はもっと」

玄関に入って革靴を脱ぎながら謝ると、ダイニングへ続くドアが開く気配がした。

「はや、く──」

振り返ったら、あちこちに視線を彷徨わせている銀髪の黒猫がいた。

「お・・・おか、えり」

モジモジと手足を擦り合わせているのを見て、とりあえず鞄を放り出した。

「ヴァン──」

思い切り抱きしめて、びっくりしている顔を両手で上向かせて、開きっぱなしの口にキスをした。

「このまま押し倒してもいいってこと?」
「ちがっ!」
「でも、こんな可愛い格好をしているあなたがいけないと思うよ」
「それは・・・ご、ご飯食べたら!」

腕の中から逃げられたと思ったら、鞄を拾いに行って、胸の前で抱えている。
そんな弱いバリケードは簡単に崩せるけれど、空腹なのも確かだったので「わかりました」と頷いた。

「──うわ」

ダイニングへ続くドアを開けて思わず声が出たのは、見慣れているはずのテーブルが様変わりしていたからだ。
白いクロスが掛けられ、真ん中にはこんもりと花が飾られている。
整然と並べられたカトラリー、ガラス皿の上に置かれたナフキン。

「レストランみたいだな」
「ふふ、見た目だけね」

着替えてきて、と言われたけれど、これはノージャケットで座っていい席だとは思えない。
そう告げたら、菫色の瞳が丸くなって、すぐに嬉しそうに細められた。

「じゃあ、シャンパン開けてもらってもいい? 前菜用意するから」
「え、全部一緒に出していいよ」
「気分、気分! そんなに何皿も出ないから大丈夫」

少し申し訳なく思ったけれど、きっと色々考えてくれたんだろうと思って、素直に従うことにした。
再会したときには成人していたから、飲酒が出来る年齢だった。
それを知ったシェラは、感慨深そうな顔をしていた。

「はい、まずは前菜」
「すご・・・」

真っ白い皿の上には、ちいさめに切られたキッシュ、スモークサーモン、白身魚のエスカベッシュ、色とりどりのプチトマトが半分に切られて飾られている。

「お野菜いっぱいだよー」

キッシュの中はたっぷりのほうれん草とベーコン、エスカベッシュは赤と黄色のパプリカ、細切りの人参、玉ねぎが入っている。
好き嫌いはさほどないけれど、野菜や魚よりも肉を食べがちなので、こういう気遣いはありがたい。

「「──乾杯」」

フルートグラスに注いだ黄金色のシャンパンで、喉を潤す。
しゅわり、と舌と喉をくすぐっていく細かな泡の感触が楽しい。
目の前に並んだ料理は見た目も美しく、ここが自宅だということを忘れそうになるが──。

「──ぷっ」
「え、何で笑った?」
「いや、だって、こんな完璧な食卓で、あなた猫耳」
「だっ! そ、それはヴァンツァーが!」
「うん。めちゃくちゃ可愛い」
「~~~~っ!」

黒い猫耳に、黒い膝丈ワンピースドレスに白いエプロン。
銀色の髪は給仕の邪魔にならないようにか、緩く編まれている。

「いただきます」
「・・・召し上がれ」

まずはキッシュ。
タルトではなく、パイ生地のようだ。
アパレイユの部分はやわらかく、パイにはサックリとナイフが入っていく。

「このベーコン美味い」
「パンチェッタだよ」
「パンチェッタ?」
「塩漬けの豚肉。生ベーコンだね」
「ベーコンってスモークしないのもあるんだ」
「これ入れたペペロンチーノが絶品」
「作って」
「はいはい」

食いしん坊さんめ、とくすくす笑われた。
正直、食べることにはあまり興味がない。
ただ、この人の作るものは美味い。

「スモークサーモンって、こんな味濃いっけ?」
「あぁ、鮭のスモークサーモン美味しいよね」
「鮭の、スモークサーモン・・・?」
「マスで作ったスモークサーモンより、私は鮭で作ったやつの方が好きかな」
「・・・鮭じゃないのもあるの?」
「あるよ?」

不思議そうな顔をされて、料理の奥深さを知った。

「うま」
「ふふ、きみ、酸味の強い味好きだよね」

白身魚を揚げ焼きにして、その油で薄切りにした野菜を炒めてビネガーを加えるらしい。
熱いままのビネガーを魚にかけてマリネにするだけの簡単な料理だ、と言うが、ワイングラスに伸びる手が止まらない。

「お酒強いよね」
「そうか?」
「未成年のうちから飲んだりは・・・」
「してませんよ。煙草も、もうやめたし」
「偉い、偉い」

そんな話をしていたら、オーブンが鳴った。

「さぁ、次はグラタンだよ」

ちいさめのココットで、チーズとソースがグツグツいっている。
ホタテとエビは入っているが、マカロニはなかった。
でも、ソースを食べる感じのこれは、結構好きだ。

「ホワイトソースが家で作れるなんて、あなたのを食べるまで知らなかったな」
「きみはチーズも好きだよね。ピザとか」
「あなたの作るものは何でも」
「・・・もう」

ちょっと赤くなっているのは、きっとワインのせいではないだろう。

「お待ちかねのシチューだよ。バゲットと一緒にどうぞ」

ゴロゴロした肉と、人参、じゃがいも。
玉ねぎも四分の一くらいの大きさで、でもトロトロしている。

「赤ワインも開ける?」
「うん」

そう高いものではないけれど、シチューを煮込むときに使ったのと同じものだという。
料理にワインを使う場合、それを味わうときに同じワインを飲むのが贅沢らしい。

「まずいな・・・」
「──え?! 美味しくなかった?!」

愕然とした顔になるシェラに、「違う」と謝った。

「やばいな、ってこと」
「何で?」
「俺、もう一生外食しなくていいかな、って」

真面目に言ったのに、思い切り笑われた。

「作りがいがあるなぁ」
「でもあなたの負担が増えるのは良くない」
「たくさん作るのは休みの日とか、特別な日じゃないと無理だけど、料理は好きだから負担じゃないよ」

皿まで舐める勢いでシチューを平らげた。
食べる様子をにこにこと眺められて、さすがに少し気恥ずかしくなったけれど、手は止められなかった。

「デザートも作ったんだ」

ケーキはいらないと言ったからだろう。
無理はしなくていいからね、と出されたのはグラタンに使ったのと同じココットで、中身はその倍くらいの高さに膨らんでいる。

「スフレ・オ・フロマージュ。チーズのスフレであんまり甘くないから、食べられそうなら食べてみて」

きつね色の表面にスプーンを入れると、サクッと軽い感触がした。
すくい上げた中身は火が入っているのにトロッとしていて、チーズとほんのすこし甘い香りがした。

「──美味い」
「ほんと?!」

きゃー、と手を打ち合わせて喜んだシェラは、グラスにスパークリングワインを注いでくれた。

「辛口の白ワインとかスパークリングワインと合うと思うんだ」

ワインを飲んで見ると、焼きたてのスフレの熱さが緩和されて、またスフレに手が伸びる。
あっという間に完食するのを、シェラは感動したような目で見てくる。

「良かったぁ・・・誕生日は、やっぱりケーキが欲しいと思うんだ」

お互い、あまり幸福な幼少期ではなかったから、祝い事には縁がない。

「これなら毎日でも食べたい」

素直にそう言ったら、目を丸くしたあと嬉しそうに笑った。

「・・・でも、誕生日プレゼント買ってないんだ。きみ、何もいらないって言うから」
「うん」
「私にはいっぱいくれようとするのに、そういうの良くないと思う!」

ふんすっ、と鼻息を荒くする様子に、ちょっと笑ってしまった。

「じゃあ、お願いがあるんだけど」
「──うん!」
「これ、つけてくれる?」

差し出した箱を、怪訝そうな顔で見るから、蓋を開けてやった。
菫色の瞳がまん丸になる。

「ちなみに、お揃い」

自分の分をコトリ、とテーブルの上に置いたら、飛び上がらんばかりに驚かれた。

「上司には言ってある。結婚はできないけど、そういう相手がいるから職場でつけてもいいか、って」

ダメだと言われたら、そんな事務所は辞めてやるつもりだったが。
理解を得られたので、仕方ないからまだこき使われてやろうかと思う。

「これ・・・」
「つけてくれますか?」
「これ・・・きみへのプレゼントになるの?」
「ならないと思うの?」
「もらうの、私だし」
「俺ももらうよ──あなたのこと」

つけていい? と訊ねれば、潤んだ瞳でこくこく頷いて、「つけて」と言ってきた。
まぁ、断られるなんて微塵も思っていなかったけれど。

「それじゃあ、これからもよろしく」
「・・・こんな格好ですが、よろしくお願いします」
「最高に可愛いですよ」

あとで写真撮らせてね、と言ってキスをした。


**********

爆発しろ。
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