小ネタや更新記録など。妄想の赴くままに・・・
思いついちゃったんだろう・・・
続けないけど、サラッと・・・というには長い分量です。
続けないけど、サラッと・・・というには長い分量です。
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男は、目深に被ったフードをほんの少しずらし、周囲の気配を探った。
獣はもちろんのこと、魔物も出現するこの山に、人間は好んで足を踏み入れない。
木々のざわめきと鳥獣の声くらいしか聴こえないはずの山奥で、精霊たちがしきりに騒いでいる。
──ハヤク、ハヤクイッテ!
──タスケテアゲテ!
──イソガナイト、コロサレル!
殺されるとは、穏やかではない。
「人間どうしの諍いか?」
低い声で男が問えば、精霊たちは口々に否定を返した。
その言葉によると、襲っている方は人間だが、逃げている方は違うらしい。
とある事情からあまり人目に触れたくはないのだが、自分が行かなければきっと精霊たちは耳元でわんわん騒ぐのだろうことが想像出来てしまい、男はため息を零した。
精霊たちに案内されるまま、風のように木々の間を走り抜けていくと、人間の男たちのものと思しき声が聞こえてきた。
「オラ! あんまり手間ァ掛けさすんじゃねぇ!」
「大人しくしてりゃあ、それなりにイイ思いをさせてやる」
「魔力が使えなきゃ、ただのガキだからな」
「ほら、見てみろよ、この真っ白い肌!」
「人間の女よりもやわらかくてすべすべしてんじゃねぇか?」
下卑た笑い声に、精霊たちの怒りの波動が膨れ上がる。
精霊たちが怒り、助けようとするということは、襲われているのは彼らの眷属かも知れない。
正直、自分を巻き込むな、と思った男だが、精霊たちの機嫌を損ねるのは得策ではない。
「何をしている」
落ち葉を踏みしめても足音ひとつさせない男の出現に、山賊より多少はマシといった風体の男たちはぎょっとしたように顔を上げた。
男たちは3人。
ふたりがかりで子どもの両手両足を地面に押さえつけている。
子どもは逃れようと暴れているが、大人の男の力に敵うはずもない。
貫頭衣のような粗末な服の裾は大きく捲り上げられ、驚くほど白い脚が太腿まで見えている。
足元は素足で、走って逃げていたのだろうか、土に汚れている。
振り乱す髪は、多少汚れてはいるが元は銀色なのだろう、はっとするほど美しい顔をした子どもだった。
わざわざ問わずとも男たちが何をしようとしていたのかは想像に難くなく、フードの男はその下で思い切り顔を顰めた。
「何だてめぇは!」
「ブッ殺されたくなきゃすっこんでろ!」
抜身の刃物を握って脅してくる男たちにまた嘆息すると、男は足元からいくつか小石を拾った。
そうして、それを一見無造作に、男たちに向けて指先で弾いた。
男たちはその石の軌道を確認することも出来ないまま、ほぼ3人同時に地面に倒れ伏した。
目の前で男たちが倒れて驚いたのだろう、子どもは大きく目を瞠っている。
「大丈夫か?」
声を掛けられた子どもは肩を揺らし、慌てて逃げようと立ち上がり掛け、細い悲鳴を上げて倒れ込んだ。
どうやら脚を挫いているらしい。
男が歩み寄ると、立ち上がれないまま必死に地面を這って逃げようとしている。
「おい、待て。怪我をしているんじゃないのか」
声を掛けても聞いている様子はなく、男は仕方なく子どもの手を掴んだ。
決して乱暴するつもりはなかったのだが、後から考えるとついさっきまで襲われていた子どもに対する接し方ではなかった、と男は思うことになるのだが、そのときは咄嗟に手が出てしまったのだ。
何事かを叫んだ子どもは、力いっぱい暴れて腕を振り回し、それが男の顔を掠めた。
「──おっと」
子どもの力とはいえ、殴られれば痛い。
攻撃をかわした男であったが、反動でフードがふわりと風に舞った。
露わになった男の顔に、銀色の子どもは攻撃の手を止めてぽかんとなった。
「──・・・黒イ、カミ・・・」
フードに隠されていた男の顔は女にもないような美貌であったが、その髪は人間の中では忌み嫌われた漆黒。
薄暗い森の中では瞳も同じような色に見えるが、実際は藍色だ。
黒は魔物の色。
人間で純粋な黒い髪や瞳を持って生まれてくるのはごく少数で、悪魔を引き寄せると言われて迫害される国や地域もある。
だが、子どもの表情は忌むべきものを見た顔つきではなかった。
珍しいものを目にした驚きしか、そこには表れていない。
少しほっとしつつしゃがみ込んだ男だったが、今度は彼が驚く番だった。
「お前・・・──竜か?」
真っ白な肌と銀色の髪をした子どもの瞳は、宝石のような紫で、その瞳孔はくっきりと縦に割れていた。
だとすれば、精霊たちが助けようとしていたことも納得出来る。
正体が露見し、はっとした子どもは、また地面を這って逃げようとした。
「こら。手当をしてやるから、大人しくしていろ」
抱き上げた子どもの身体は驚くほど軽く、羽でも抱いているようだった。
暴れようとするのを宥めて木の根元に座らせる。
左の足首に軽く触れると声にならない悲鳴が上がり、宝石のような瞳には涙が浮かんだ。
ぽろり、と一筋頬を滑った涙は、地面に落ちるとちいさな石となった。
石とはいっても、その辺に転がっているものとはわけが違う。
銀色の光を閉じ込めた水晶のような、泪銀石という名の美しい輝石だ。
珍しいだけでなく、魔力を含む石として人間の世界では高値で取引されている。
おそらく、あの山賊紛いの男たちは子どもの竜を捕らえては、その身が生み出す輝石で大金を得ていたのだろう。
もしかすると、誰かに捕獲を依頼されたのかも知れない。
大人になれば強大無比な力を誇る竜族でも、子どもの頃は人間と大して変わらない。
魔力があるだけの脆弱な存在だ。
その魔力も、封じられてしまえばただの子ども。
地面に落ちた泪銀石を手に取った男は、青褪めた顔の子どもにそれを渡してやった。
すると不思議そうにこちらを見つめて来るので、軽く肩をすくめた。
「精霊たちが、お前が殺されると言って騒いでいた。お前に危害を加えるつもりはない。どこかから連れ去られたなら、親元まで送っていってもいい」
黙り込む竜の幼子の脚に手をかざした男は、注意深くその患部に魔力を送った。
先ほどまで煩かった精霊たちが喜んで力を貸してくれるので、治療自体はそう難しいことではないのだが、魔力には相性というものが存在する。
相性の悪い相手に魔力を送り込むと、必要以上に抜き取られて自分が倒れかねないのだ。
だが、それは杞憂であった。
驚くほどすんなりと男の魔力は仔竜に馴染み、逆にほとんど魔力を使わなくても完全に治癒させることが出来てしまった。
「・・・立てるか?」
手を貸してやると、仔竜は最初はこわごわ立ち上がり、脚の痛みがないことが分かると顔を輝かせた。
「ア・・・アリ、が、トう」
訥々と喋る様子からすると、人間の言葉はあまり分からないのだろう。
「竜語でいい」
「──竜の言葉が分かるのか?」
「知り合いに教わった──あぁ、そうだ、その魔力封じの首輪」
仔竜の細い首には、何かの金属で出来ているのだろうか、太く重そうな枷がつけられていた。
「悪いが、俺にはそれを外すことは出来ない。だが、おそらくそれを外せるだろうヤツを知っている。他に外せるヤツを知っているならそちらに送って行くが、外せないなら、一度そいつのところに」
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こんな感じで始まる、仔竜シェラと魔力持ち人間ヴァンツァーのお話。
ちなみに、首輪を外せる知り合いはルウで、その相棒のリィも金色の竜です。
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