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今日の夕飯は、ミートグラタンらしい。
「あ、じゃあ、ミートソースとホワイトソースの作り方を教えてもらえるんですか?」
シェラは料理上手だ。
それを商売にすることも出来るだろうほど、毎日の食卓に並ぶ料理は美味しい。
ヴァンツァーが言っていた。
「食えれば何でもいい──それは大きな間違いだ」
すごく真剣な顔で、ものすごい男前がしみじみと語った言葉に、「胃袋掴むってやつか~」と頷いたのを覚えている。
シェラの手料理で育って舌が肥えているカノンに少しでも喜んでもらいたくて、キッチンに立つようになった。
ジャンクフードやファストフードの味に慣れていたはずなのに、段々と味覚が作り変えられていくのが分かる。
「ベシャメルは作る。でも、ミートソースじゃないんだなぁ」
「ミートグラタンですよね?」
「ふふふ」
どこか尊大な様子で胸を反らすのも可愛らしいシェラが用意したのは、ひき肉、マッシュルーム、玉ねぎだ。
確かに、ミートソースなら人参とセロリも必要かな?
「ひき肉は、牛だけでも合いびき肉でもいいよ。牛だけだと、『肉~~~~!』って感じがするかな」
マッシュルームと玉ねぎはみじん切り。
あんまり細かくなくていいよ、と言ってもらえたのでほっとした。
ゆっくり、でもよく切れる包丁でトントン刻んでいく。
シェラのみじん切りを見せてもらったら、高速すぎてビビった。
「刃物はよく研いでおくこと」
キラン、と光った紫の瞳が、何だかちょっと物騒だった。
「ボウルに、ひき肉とマッシュルームと玉ねぎ、卵1個と──これがポイントだ!」
そう言ってシェラが取り出したのは。
「ブーケガルニ?」
ポワロ葱で巻いたやつじゃない、小分けの紙パックに入ってスーパーとかで売っている乾燥したやつだ。
「そう。袋を切って、パラパラっとミンチの中に入れてね。あんまりたくさんじゃなくていいよ」
紙パック越しでも、ハーブのいい香りがする。
「うわー。これだけで間違いなく美味しくなることがわかりますね」
「でしょ? 塩、胡椒したら、よく混ぜて」
スプーンで、粘りが出るまでよく混ぜる。
混ざったら、冷蔵庫で寝かせておく間に、次の食材の準備だ。
「今日は、ズッキーニと赤と黄色のパプリカ。ナスを入れても美味しいよ。そして──野菜ジュース!」
「野菜ジュース?」
ででん、とシェラが見せつけてきたのは、1日に必要な野菜が摂取できるという謳い文句のやつだ。
「カットトマトでもいいけど。色んなお野菜入ってるから、手軽に味が複雑になってオススメ!」
カレーとか、シチューに使ってもいいらしい。
俺はまだまだ手際が悪いから、時短が出来るのは嬉しい。
「にんにくをみじん切りにして、フライパンにたっぷりめのオリーブオイルと入れて香りを出したら野菜を投入!」
にんにくの香りって、ものすごく食欲を刺激してくる。
固いものから、と教わったので、まずはズッキーニ。
パプリカを入れて炒めたら、パックのトマトピューレに、野菜ジュースをドボドボっと。
「今日は赤ワインも入れちゃう!」
「え?!」
大丈夫かよ、と思ったのは、この家にあるワインがアホみたいに高いことを知っているからだ。
「デイリーワイン、デイリーワイン」
「・・・」
安心しろ、と肩を叩いてくるシェラの様子にも、「この家ってデイリーで高額紙幣吹っ飛ぶだろ」と不安は拭えない。
「沸騰したら、軽く塩胡椒してミンチを入れるよー」
冷蔵庫から取り出したミンチは、ひと口サイズに丸めてフライパンの中へ。
「あ、これミートボール?」
気付いて呟けば、シェラはにんまりと笑った。
「ちょっぴりスペシャルな、ミートグラタンだよー」
これ、絶対美味いやつ。
「煮込んでるうちに、アルコールは飛ぶからね」
「はい」
「今回はお肉は焼かないでふんわり仕上げるから、崩れないようにトマトソースを上からかけてあげて。かけ終わったら蓋をして、15分くらい煮込みます」
15分経ってフライパンから蓋を取ったときの、ふわっと香るハーブとトマトに、ほのかな赤ワイン。
「やば・・・」
「ミートボール、食べてごらん」
「──いいんですか?!」
「作るものの特権です」
ソースの絡まったミートボールをひとつ小皿に取り、スプーンでふたつに割る。
湯気の中にまたハーブのいい香りがして、ごくりと喉が鳴る。
「いただきます」
フーフーと少し冷ましてから口に含んだら。
「~~~~~っ???!!!」
──やばっ! 何これうまっ!!!!
シェラと小皿の上を、目線が何往復もする。
言葉なんか出ない。
「──やば!」
もう、本当に、それしか出ない。
あはは、とシェラがおかしそうに笑っているのも気にならない。
半分残ったミートボールを凝視してしまう。
「ハーブはパックだし、味付けも野菜ジュースなのに、美味しいよね」
「レストランで食べるより美味いかも知れません」
「ね~。ワインだって、ほぼワンコインで買えちゃうやつだよ」
「え?!」
この家にそんなワインがあったのか、とも思うが、俺用に安いのを買ってくれたのかも知れない。
「シェラ、これ、これだけで十分メイン料理になると思うんですけど」
「なるね」
「グラタンに入れちゃうんですか?」
「入れちゃいます」
絶対美味いやつだろ。
「ベシャメルはちょー簡単です」
シェラが言うには、小麦粉とバターを同量、その10倍の牛乳を使うとちょっと固めのホワイトソースが出来るらしい。
「クリームコロッケを作るには、これくらいでいいかな。もう少し濃度を伸ばしたいときは、バターを少し減らすか、牛乳で調整」
ふむふむ、と頷くが、ホワイトソースはよく「粉っぽい」とか「ダマになる」とか聞くし、少し心配だ。
「大丈夫。絶対ダマになんてならないから。むしろ何でダマになるのか分からない、って言うようになると思うよ」
俺の義母が心強すぎる。
マリアなんて、トーストすら父さんに焼いてもらうのに・・・。
「コツは材料を全部用意した状態で始めること。難しいことは何もないけど、焦がしちゃいけないから焦らなくていいように準備しておくように」
そう言って、ステンレスの鍋と泡立て器が渡された。
「泡立て器を使えば、失敗知らずでベシャメルが作れます」
「マジですか」
「マジです」
泡立て器でシャカシャカやるから、傷が付かない丈夫なステンレスの鍋がいいと言われた。
「火加減はずっと中火! 心配だったら弱火でもいいけど、ちょっと時間がかかるから。中火にしておいて、焦げそうだったら鍋を火から外す方がオススメかな」
この人、料理本でも出せばいいのに。
「鍋を火にかけて、バターを投入! バターが溶けてフツフツいってきたら、小麦粉を全部入れて──あとはひたすらかき混ぜる!」
溶けたバターの甘い香り。
泡立て器で小麦粉と混ぜると、やっぱりダマになる気がする。
「よく炒って。ここで、小麦粉によく熱を通すのが失敗知らずのベシャメルのコツだよ」
3分くらい経っただろうか、シャカシャカ泡立て器で混ぜていると、ふと感触が変わった。
「分かる? ダマダマしてたのが、サラっとするでしょう? これが、小麦粉に火が入った合図」
「へぇ!」
「そうしたら、牛乳を少しずつ入れるよ。目安は50ccくらいずつかな」
計量カップに入れた牛乳を、鍋に入れる。
炒った小麦粉と牛乳をまぜると、クッキーの生地みたいになった。
「固まっちゃいました」
「牛乳を増やしていけば、伸びるから大丈夫」
若干不安になりながら、もう少し牛乳を混ぜていくと、泡立て器の中で固まっていた小麦粉が、少しずつ伸びていった。
「おお!」
「いい感じ。大事なのは、手を止めないこと。焦げると、白くなくなっちゃうからね」
「はい!」
何回かに分けて牛乳を全量入れたら、ちょっと緩めの生クリームみたいになった。
真っ白で、すごく綺麗だ。
「・・・すげー」
「ね? ダマにもならないし、簡単でしょう?」
「俺でも出来ました」
興奮で声が上擦る。
ふふ、とシェラが笑って、小瓶を渡してきた。
「なくてもいいけど、香り付けにナツメグを入れると、牛乳とか小麦粉の香りが抑えられるから」
トントン、と2~3振りして、また泡立て器で混ぜる。
「はーい、これでベシャメルも出来上がり!」
「おお・・・」
ほかほかと、ほんの少し湯気を立てているホワイトソースの白さが目に眩しい。
「茹でたペンネとミートボールと混ぜたら、グラタン皿に入れて、その上からベシャメルをたっぷり! チーズもたっぷり!」
あとはオーブンで焼くだけだ。
「真鯛とタコのカルパッチョ、グリーンサラダでおしまい!」
グラタンがオーブンで焼ける間に、前菜とサラダも作ってしまうシェラは天才だと思った。
カルパッチョなんて、かるく塩振って輪切りのレモンを載せてオリーブオイルかけただけのものが、なぜこんなに美味いのか。
食卓に並んだ料理は、手軽だというのに一流の店で食べるような味だ。
みんなが美味しい美味しいと食べてくれて、嬉しくなった。
──だから、ヴァンツァーが注いでくれたシャンパンがいくらなのかは、気にしないことにした。
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美味いんすよ、ミートボールグラタン。っつーかミートボールが美味いんすよ(笑)
自分で作ってあまりの美味さに笑っちゃいましたからね。
ものを作るのが好きなんだなぁ、としみじみ思いました。