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カノンが持っている携帯型音楽プレーヤー用のイヤホンが壊れてしまった。
どうせなら専門家の耳で選んでもらおうと、小悪魔女王様は偉大な音楽家の卵を連れて家電量販店へとやってきた。
「やっぱり高いやつの方がいい音する?」
この家電量販店では、百種類近い数のイヤホンを扱っている。
子どもの小遣い程度の値段で買えるものから、プレーヤー本体よりも高いものまで幅広く取り扱っているが、個人の嗜好や用途もあり、こういったものは見た目と値段だけでは判断出来ない。
だからこそ、実際に音楽を試聴出来るようになっており、客は壁に取り付けられたイヤホンのプラグを自分の音楽プレーヤーに差し込んで音を聴くわけだ。
「んー・・・」
カノンから音楽プレーヤーを借り、とりあえず『一番人気!』、『売れ筋!』などと書かれたプレートの貼ってあるイヤホンを順に試していったキニアンだったが、何やら小首を傾げている。
「いや、まぁ、そりゃアリスのおメガネに適うようなのはないかも知れないけどさ・・・」
恋人の耳が特別製であることをよく知っているカノンだったので、適当なところで手を打ってくれて構わないと思っていたのだが。
生真面目な性格をしている上に、『音』というものへの妥協を知らないキニアンは、3つ、4つ試して軽く頭を掻くと、ちいさく「よし」と呟いた。
「──あ、決まっ」
た? と訊こうとしたカノンだったのだけれど、どうやら違うらしいことに気がついた。
──・・・うわ、これ、絶対全部聴く気だ・・・。
今見ている棚だけでも20はある。
この棚の向こう側にも、背中側にも、通路を挟んだ向こう側にもイヤホンコーナーは展開されている。
評価の高そうなもの、売れているものを中心に試聴しようと思っていたらしいキニアンだったのだが、あまりにも音質が違い過ぎて、3つ、4つ試したくらいでは決めかねたのだろう。
「あ、アリス! いいよ、そんなにいっぱい聴かなくても!」
カノンが心配そうな顔で声をかけてきたので、キニアンはヘッドホンタイプのものを頭から外し、至極不思議そうな顔をしながら「何で?」と訊ねた。
「・・・だってそんなに聴いたら疲れちゃうでしょう?」
アリス・キニアンは、超音波に近い音まで聴き分けるほどの特殊な聴力の持ち主だ。
この家電量販店も、休日とあってかなり人でごった返しており、雑踏が苦手な青年にはあまり長居したくない場所であるはずだ。
その上何十回もイヤホンで音楽を聴いていたのでは、そのうち酷い頭痛を起こしてしまう。
頼んだのは自分だったけれど、カノンはやさしい恋人が辛い思いをするのは嫌だ、と思う程度には彼のことを大切に思っていた。
「──ぷっ」
「なっ、何で笑うの?!」
「これくらい平気だよ」
ぽんぽん、とカノンの頭を撫で、きつい印象を与える瞳を和らげる。
「お前はやさしいな」
「~~~~~っ!!」
どっちがだ! と恥ずかしさ半分で怒鳴りたくなったカノンだったけれど、キニアンがまた別のイヤホンを耳にしてしまったので口を噤んだ。
真剣な表情で音を聴いている恋人の横顔を見つめ、カノンは内心で『すごいなぁ』と感心していた。
彼自身も耳は良い方だったが、キニアンのそれは次元が違う。
もし自分で選ぶとしたら、数十あるイヤホンの音を、1つにつき2回も3回も試すに違いない。
そうしないと、今聴いた音と、さっき聴いた音の違いがよく分からなくなることがあるからだ。
けれど、キニアンは一度聴いた『音』は決して忘れない。
カノンも、見聞きした『内容』であれば忘れないが、『音』は対象外だ。
「あれ、さっきのイヤホンってどんな音だっけ?」という無駄な試聴がなくて良い分、キニアンの試聴は淡々と、そして手早く行われた。
「きっと、お前はこれとかこれの音が好きだと思うよ」
このコーナーへ来てから小一時間が経った頃、そういってキニアンが勧めてきたカナルタイプのイヤホンを耳に装着したカノンは、音楽プレーヤーを再生した。
「──うわあ!」
天使のような美貌に満面の笑みが浮かんだのを見て、キニアンも微笑した。
高音は粒のひとつひとつまで聴こえるようなのに、全然キンキンした音がしない。
低音はドスドス腹に響くような力強さはないが、やわらかい。
今プレーヤーから流れているのはクラシックではなく中高生が好んで聴くようなポップス曲だったが、ピアノやヴァイオリンの音やジャズを聴くのにも良さそうだ。
もうひとつ勧められたものもカナルタイプで、そちらは低音の鳴りがものすごかった。
高音は先程のものに比べると少し軽い感じがする。
弦楽器、特にチェロや、意外とロック調の曲を聴くのに良さそうだった。
カノンの音楽プレーヤーには、流行のポップス曲の他、父と恋人の影響でクラシックが多く収められている。
最近はジャズも良く聴く。
「両方のイイトコ取りのってないの?」
「あるけど、10万コース」
「うわぁ・・・」
買えない金額ではないが、断線すればそれでおしまいのイヤホンに10万を出す気にはなれない。
その辺りはキニアンも考えていたのだろう。
「これは、曲によって使い分けたいなぁ・・・」
どちらの音も気に入ったカノンは、難しい顔でふたつを見比べている。
えーっと値段は、と値札を確認しようとしたカノンだったのだけれど。
「1つ買ってやるよ」
「──は?!」
言うなり、パッケージを持ってさっさと歩いて行ってしまった青年の背を、カノンは慌てて追った。
「いい! いいって! 買うならぼく自分で両方──」
「カノン、パズル好きか?」
「──へ? パ、パズル?」
突然話題が変わってしまい、カノンは目をぱちくりさせた。
「ま、まぁ・・・嫌いじゃないけど・・・」
「俺さ、1回2000ピースくらいの挑戦したかったんだよ」
「はぁ・・・」
「でもさ、とてもじゃないけど、ひとりじゃ挫折しそうでさ」
「・・・・・・」
「だから手伝ってよ」
珍しくにっこりと笑った長身の青年は、「はい」と言って会計が済んで袋に入れられたイヤホンをカノンに渡した。
「それ、報酬」
前渡しな、と告げ、カノンが手にしていたパッケージも店員に渡す。
「──あ!」
こちらは何が何でも自分が! という勢いで、カノンが財布から紙幣を出すのを、キニアンはくすくす笑って見つめていた。
──・・・何気にアリスが買った方が高いヤツだし・・・。
何だか負けた気分になったカノンは、パズルは自分が8割作ってやる! と妙な対抗心を燃やしたりしていた。
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「──え、《STEINWAY》?」
こんなところにあるとは思わなかったものを見つけて、キニアンは緑の瞳を真ん丸にした。
パズルコーナーに向かう途中に、たまたま楽器売場があった。
そこには電子ピアノがたくさん置いてあったのだが、なぜか1台グランドピアノが鎮座していた。
それも《STEINWAY》、最高級ピアノのひとつだ。
ファロット邸にもあるが、この家電量販店にあるそれは木目のボディーが美しい。
天井からは『非売品ですが、演奏はご自由にどうぞ』といったメッセージボードが下げられている。
しかし、電子ピアノの音は聴こえてきても、さすがに《STEINWAY》を弾こうとする人はいないようで、せっかくの銘器は寂しげに佇んでいる。
「・・・カノン。ちょっと弾いてもいいか?」
「──え? あ、うん。もちろん」
これは珍しい、とカノンは菫色の瞳を丸くした。
こういうとき、大抵演奏をねだるのはカノンの方であり、キニアンは苦笑しながらその無茶ぶりに応えるのが常だった。
しかも、「ピアノは専門じゃない」が彼の口癖だ。
どんな楽器だって人並み以上に演奏するくせに、驚くほど自己評価が低い青年だった。
何にせよ、恋人が演奏するのであれば、それがチェロだろうがピアノだろうがヴァイオリンだろうが大好きなカノンは、二つ返事で頷いたのだった。
詳細は割愛するが、そこからはもう、キニアンの独壇場だった。
音が大きくなるため蓋を開けることは禁止されていたというのに、それでも彼の音を聞きつけた客がどっと押し寄せた。
弾いている曲は様々だった。
1曲をきっちり弾くのではなく、メドレー形式で展開されるそれは、聴くものを例外なくわくわくさせた。
「──これ、ぼくのプレーヤーのだ」
気づいたカノンが呟くと、キニアンは『よく出来ました』という風に笑って『ラ・カンパネラ』で演奏を締めくくった。
直後起こった大歓声と拍手に、キニアンは緑の瞳を真ん丸にした。
「・・・何だ、これ」
「気づいてなかったの? 演奏の間中、どんどん人集まって来てたよ」
「怒られるかな・・・?」
何だかアンコールを期待されているらしいが、キニアンにそんなつもりはなかった。
ただ、いい楽器を見つけたから、『ちょっと』弾いてみたくなっただけなのだ。
何ごとだ、とやって来た売り場の店員に「お騒がせしました」と頭を下げたキニアンは、もっと弾いてくれ、という客の声に「パズル買いに来たんで!!」と返し、カノンの手を取って逃げるようにその場を後にした。
「・・・いやー・・・すごかった・・・」
「すごいのはアリスの演奏だと思うけど?」
くすくす笑うカノンに、無自覚な天性の音楽家はきょとんとした顔で首を傾げた。
「パズル、どれにする?」
「えーっと・・・」
「──あ、ぼくこれがいい!」
「どれ?」
「これこれ、『雪の中のホワイトタイガー』!!」
見せられたほとんど真っ白のパッケージに、キニアンの頭の中も真っ白になり。
固まっているうちに額まで購入を済ませてしまったカノンに「愉しみだねぇ~」と話しかけられはしたものの。
──俺、たぶん枠しか作れない気がする・・・。
という彼の懸念は、ほぼ現実のものとなってしまうのだった。
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ほんとに枠しか作れないで途方に暮れている涙目のキニアン可愛い(笑)
それを見て、「もぉー、しょーがないなー」とにこにこ笑って2000ピースを瞬殺するカノンたんも可愛い(笑)
ちなみに、STEINWAYはアキバのヨド○シにあります。電子ピアノ弾いている人はいたけど、さすがにSTEINWAYは無人だったので、ポンポン音出してみた。やっぱり電子ピアノとは全然音が違ったです。なぜかファの音が気に入った(笑)