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小ネタや更新記録など。妄想の赴くままに・・・
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忘れそうになる。

何かを『大切』だと思う気持ち。

誰かから、『大切』だと思われていること。

でも、そういうときには必ずそれを思い出させてくれる『何か』に出逢えるようになっている。

それを忘れないように、それを見逃さないように。

顔を上げて、歩いて行こう。


**********

今日は、跳べるだろうか。
今日は、失敗しないだろうか。
シーズンはもう始まった。
毎年自国で開催される初戦は、散々な結果。
グランプリシリーズの開幕も目前。

──今日は、完璧に跳ぶんだ。

そう意気込んでホームスケートリンクへとやってきたシェラ。
その入り口に、見知った長身を見つけて軽く目を瞠る。
遠目でも目立つ男は、普段はさっさとリンクサイドか控え室へ行っていて、建物の外で待っていたことなどない。

「おはようございます」

とりあえず挨拶を、と声を掛けると、「あぁ」とだけ返してきた美貌の男はシェラに背を向けて歩き出した。

「ヴァンツァー?」
「ついてこい」
「え? でも」

建物に入らずにどこかへ向かおうとする長身。
その背中と建物を交互に見やり、シェラは遠ざかっていく男を追うことにした。

「どうしたの?」
「乗れ」
「は?」

顎で示されたのは、男の車。
意味が分からず立ち尽くしているシェラに「さっさとしろ」と告げると、自分は運転席に乗り込んだ。

「・・・・・・」

ヴァンツァーが自分勝手で我が儘で俺様なことは重々承知しているシェラだったが、多少なりとも説明してくれてもいいではないか、と思ってしまう。
腹が立たないと言えば嘘になるが、それでも言っても無駄と知っているのでため息を吐いて助手席に乗り込んだ。

「練習は?」
「やる」
「え?」

無造作に放り投げられた包みを受け取り、目を落とす。
手のひらに乗るほどのちいさな手提げ。
こげ茶の手提げに、ピンクのリボン。

「・・・なに、これ」

聞いているのに、無言のまま車を走らせる男。
無愛想も大概にしろ、とはいつも思うのだが、『やる』ということは、『くれる』ということだ。
受け取ったのだから、これはもう自分のものということになる。

「開けちゃうからね」

とりあえずそう言って隣の男の横顔を見たのだが、やはり無言のまま。
「開けまーす」ともう一度口にして包みを開ける。

「──あ」

ピアスだ。

「開いてないけど」
「開けたいんだろう?」
「うん」
「ピアサーも入っている」
「・・・開けたいけど、自分でやるのはちょっと・・・」
「開けてやるよ」
「・・・いや、なんか、もっと、ちょっと・・・」

手加減とか、やさしさとか、気遣いとか、そういうのを銀河系の彼方に置いてきてしまったに違いない人にそういうのを任せるのは、という本心は心の中にしまって口ごもるシェラ。
特に気にした風もないヴァンツァーだったので、シェラはもう一度、小箱に入れられたピアスに目を落とす。

「これ、シルバー?」
「プラチナ」
「──プラチナ?! 何で?!」
「純銀ならともかく、銀は純度によってはアレルギーを引き起こす。セカンドピアスにするなら、チタン。金なら18K以上、もしくはプラチナ」
「・・・ふぅん・・・これ、高くないの?」
「指輪ならともかく、その程度の質量ではどの金属も大して違いはない。それに、純銀のアクセサリーを探す方が、プラチナ買うより大変なんだよ」
「・・・贈り慣れてるんだ・・・?」
「常識だ」
「・・・知らないもん」

むっ、と唇を尖らせるシェラ。

「何で、突然・・・」
「前渡し」
「は?」
「年末に開けたら、世界選手権までに穴が安定するかどうか分からんからな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・──誕生日プレゼント?!」

随分長いこと考えた結果弾き出された答えに、シェラが一番びっくりした。

「何だ、その意外そうな声は」
「いや・・・意外っていうか・・・・・・熱でもあるの?」
「失礼なやつだな」

いや、ヴァンツァーに言われたくないけど、という言葉はぐっと呑み込んだ。
そうして、透明な石でちいさなクロスが形作られたピアスを見つめる。
窓からの光で、七色に輝く左右合わせて12の石。

「・・・きらきらだぁ」

ほわぁ~、と口許が綻ぶ。
きらきらした綺麗なものが好きなのは、女の子共通だろう。

「これ、何て石?」
「お前はダイヤも知らんのか」
「ダ────?!」

呆れ返ったヴァンツァーの言葉に、思わず言葉を失くす。
知らず、顔が青褪める。
だって、ポストはプラチナで、石はダイヤで・・・一体これはいくらするものなのか。

「・・・絶対高いよね?」
「お前は、俺がどんな貧乏人だと思っているんだ? どこかの時給コーチじゃあるまいし」
「でも・・・」
「いらないなら返せ」
「・・・別の人にあげるの?」
「捨てる」
「──はぁ?! 何でそんなもったいないことするの?!」
「いらないんだろう?」
「いる! もらう!!」
「あ、そう」

まったく、もったいないおばけが出るんだから、とぶつくさ言って包みをしまっているシェラの横で、ヴァンツァーはほんの僅か、口端を吊り上げた。


*****


しばらくして車が到着したのは、市営のスケートリンクだった。

「・・・何で?」
「行くぞ」
「──あ、ちょっと!」

どんなときでも強引にマイウェイな男がA型だなんて、きっと誰も信じないに違いない。

「ちょっとヴァンツァー! 何でここ?」

リンクなら、いつもの場所でいいではないか。

「ここ、普通のリンクだよ? お客さんいるし」

言ってる傍から、ふたりの周りに人だかりが出来る。
世界選手権で優勝経験もあり、オリンピックにだって出場してメダルを取ったシェラは、それなりの有名人だった。
きゃーきゃー言って寄ってきたり、握手を求めてきたりする人に笑顔で応えてやりながら、さっさと前を行く男の後をどうにかして追う。
ヴァンツァーの美貌も凄まじいものがあり、女性からの熱烈な視線は煩いくらいだろうが、どういうわけか彼の周りに近寄ってくる人間というのは少ないのだ。
代わりとばかりにシェラがもみくちゃにされている。

「ちょ・・・ヴァ・・・待ってったら!!」

ようやくリンクサイドに到着すると、そこでもやはり大歓声が待ち受けていた。
どうもー、と手を振って挨拶をしているシェラにはてんでお構いなしで、ひとり黙々とアップを始めるヴァンツァー。

「え、滑るの?」
「スケートリンクに来て野球でもする気か? お前が持ってるのがスケート靴でなくてグローブだったとは知らなかったよ」
「・・・・・・」

軽くトゥで後頭部を刺してやりたくなったとしても、誰もシェラを責められないはずだ。
まだわーわー言っているリンクの客たちは、手に手に携帯を取り出しては写真を撮っている。
ショーならばともかく、こういう賑やかな場所で練習をしたことなどなかったので、戸惑いばかりが募る。

「・・・ヴァンツァー?」
「さっさとしろ」
「・・・はい」

何でこんなところで、と思いつつも、アップを始める。
身体が温まったところで、スケート靴を履いてリンクに入る。
リンクの上にいた客たちも、 世界女王が滑るのか、と興味津々だ。

「シェラちゃん、ここでおどるの?!」

そのとき、5歳くらいだろうか、ちいさな女の子がリンクサイドに駆け寄ってきた。
その足にはスケート靴。
何だか昔の自分を見ているようで微笑ましくなり、シェラはしゃがみ込んで「こんにちは」と笑みを浮かべた。

「シェラちゃん、おどるの?!」

同じことを訊いてくる少女に、「うーん」と困った顔をしてコーチである男を見上げる。

「あのね、あのね、レナ、シェラちゃんになるの!!」
「──え?」
「レナもね、シェラちゃんみたいに、こおりのうえでおどるの!!」

あぁ、と気づいてシェラはにっこりと笑った。

「レナちゃんも、スケータを目指してるの?」
「うん! レナも、トリプルアクセルとぶの!!」

少女の言葉に、そこかしこからくすくすと笑みが漏れる。
その中には、きっと少女の戯言だと思っているものもいるのだろう。
けれど、シェラは何だか嬉しくなった。

「そっか! レナちゃんも、アクセル跳ぶんだね!!」
「うん! シェラちゃんとおんなじの、レナもするの!!」
「──よし! じゃあ、一緒に滑ろうか」
「──いいの?!」
「いいよ。ほら、一緒に行こう!」

少女と手を繋ぎ、リンクに入れてやる。

「レナちゃんは、滑れるの?」
「うん!」

みてて、と言う少女から手を離し、スイィィィ、と氷の上を滑る少女に拍手を送る。

「すごい!」
「じょうずでしょ?」
「うん、上手!!」

手を叩き、少女と並走する。

「ジャンプもできるんだから!」

言ってぴょん、と飛び跳ねる。
これには思わず口許が綻んだ。
アクセルだ。
もちろん、シングルにすらならない、半回転のジャンプ。
けれど、ちゃんと着氷して見せた少女に、シェラは惜しみない拍手を送った。

「すごいね」
「レナも、トリプルアクセルとべる?」
「うん。練習してれば、きっと跳べるよ」
「きゃー!!」

嬉しそうに笑ってシェラの脚にしがみつく少女。
少女はシェラを見上げると、その後方に立っている長身の男にも目を向けた。
無愛想な男を、シェラの影に隠れて恐々と見上げている。

「・・・おにいちゃんも、スケートするの?」
「私の先生」
「せんせい?! じゃあ、おにいちゃんもじょうずなの?!」
「うん、とっても。世界で一番上手なんだから」
「すごーい!!」

ぴょんぴょん氷の上で飛び跳ねる少女。
きらきらと輝く瞳は遥か頭上を見上げ、「おにいちゃんも、トリプルアクセルできるの?!」と興奮しきりに訊ねてきた。

「やってみて! やってみて!!」

せっつくような少女に、シェラは困った顔を浮かべた。
ヴァンツァーは、今でもトリプルアクセルはおろか、4回転ジャンプでも跳べる。
けれど、人のいないリンクの上ならばともかく、こんなに大人数のいる前では跳ばないだろう。
きっと、このリンクには選手だった頃のヴァンツァーを知っているものもいるに違いない。
ざわめく人の群れを軽く見渡したヴァンツァーは、音もなく氷の上を滑り始めた。
これには目を瞠ったシェラだ。

──まさか・・・。

相変わらず氷を削らないスケーティングは、ひと蹴りの伸びが違う。
トップスピードに入るまでがここまで短いスケーターは、現役選手でもそうそういない。
ジャンプなど跳ばずとも、滑っているだけでも美しいスケーター。
大多数はシェラがリンクに上がったことで外野になったとはいえ、リンクの上にはまだ人がいる。
リンク自体も、試合用のものに比べればちいさい。
必然的に、助走距離は短くなる。

けれど。

──おおおおおおお!!!!

リンクを揺さぶるかのような大歓声。
氷を離れてから回転を始める完璧な軸と高さのトリプルアクセル。
軽くウォーミングアップをして、一発目のジャンプでこれだ。
見慣れているシェラですら、ぞくり、と背中が騒ぐような世界最高の技術。

しかも。

「──2連続?!」

誰かが言った。
そして、また割れんばかりの歓声と拍手。
1度目のアクセルの着氷から、ほとんど滑走することなく軌道を確保しての2度目のトリプルアクセル。
そして、着氷したと思った直後にまた。
さすがにそのときには、場内が一瞬静まり返った。
ほぼゼロ助走のトリプルアクセル。
ご丁寧に、セカンドにトリプルトゥループまでつけて見せた。
会場の熱気は最高潮だ。
シェラ自身、3連続ダブルアクセルならばエキシビションで組み込んだことがある。
けれど、ほとんど助走らしい助走のない3連続のトリプルアクセルは、さすがに跳べない。

・・・跳べない・・・私には・・・・・・────いいや、跳んでやる!!

とんでもないジャンプのあとにリンクの上を流すように滑っているヴァンツァー。
その美貌は、相変わらず無表情だ。
だが、向かってくるシェラの姿を視界に入れた彼は、軽く目を眇めた。
そのまま自分の横を通り過ぎ、ショートプログラムの冒頭をなぞるようにしてアクセルの軌道を描く。
テイクオフ。

「ダブル」

言われなくても分かっている。
もう一度、軌道を確保する。
着氷が乱れる。

「足りない」

そんなことも分かっている。

「雑だ」

ほとんどウォーミングアップなしで3連続のトリプルアクセルを決めた男は、スロー再生なしに4分の1回転どころか8分の1回転の回転不足すら指摘する。
だから、ヴァンツァーが足りないといえば、絶対に足りないのだ。

「──シェラちゃん、がんばれ!!」

少女の声が、耳に届く。

──決めるっ!!

完璧な軌道。
いける、と確信する。
ふわり、と細い身体が宙を舞う。
氷を離れてから、1、2、3回転半。
着氷した軌道のまま、再度氷を蹴る。

「セカンドトリプル?!」

驚愕の声と、怒号のような大歓声。
スー、と少し流して、ピタリ、と止まる。
睨むようにして見つめたコーチは、相変わらず偉そうな態度で言った。

「12.6」

数字だけを告げる男に、シェラは腰に手を当てた。

「それだけ?」

挑むような視線で見上げてくる弟子に、ヴァンツァーは軽く肩をすくめた。

「13.2」
「0.6・・・何がいけなかった?」
「何も」
「嘘!」

怒っているというよりは悔しがっているシェラに、ヴァンツァーは半ば呆れたようにして訊ねた。

「お前は、どれだけGOEがつけば満足なんだ」
「2点以上」
「言うと思ったよ」

3A-3Tのジャンプを完璧に着氷する女子がいるというだけでも驚愕なのに、そこに2点以上の加点を寄越せという。

「2点つけるジャッジもいるんじゃないか?」
「ヴァンツァーがつけなきゃ意味ないの!」

師弟関係とはいえ、ヴァンツァーは絶対に評価を甘くしたりしない。
むしろ、どんなジャッジよりもその判定は厳しい。
完璧主義のコーチの目が認めない限り、それはシェラにとってただの『まぐれ』だ。

「シェラちゃん、すごい!!」

ざわめく客の様子も意識に入っていなかったシェラだが、足元に纏わりついてきた少女には意識を向けざるを得なかった。

「シェラちゃん、てんしさまみたい!!」
「え・・・?」
「はねがはえてたよ?!」

興奮してきらきらと輝く瞳に、困惑気味のシェラ。

「だ、そうだ」

満足しろ、という意味だろうか。
コーチの言葉に、シェラはため息を吐いた。

「シェラちゃんは、スケートすきなのね!」

無邪気な様子で微笑み掛けてくる少女の言葉に、シェラは目を瞠った。

「だから、スケートのかみさまも、きっとシェラちゃんのことだいすきなの!」

きゃっきゃ言って飛び跳ねる少女に、シェラは頬を緩めると頷いた。

「うん。大好き・・・スケート、大好きだよ」
「レナも! スケートも、シェラちゃんも、だいすき!!」

ぎゅっと首筋に抱きついてくる少女を抱き返してやりながら、もう一度自分に言い聞かせる。


──私は、スケートが好き。



**********

なが・・・そろそろ、小説置き場に移さないとなぁ・・・まぁ、そのうち。
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