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オスティア侯弟ヘクトル率いる軍勢は、精鋭を誇る。
軍事大国ベルンの竜騎士団でさえ、彼らの前に敗れた。
特に、『最強』と名高い青年と、『最凶』と噂される青年、彼らの強さは群を抜いていた。
『最強』と言われるのは、レイヴァンという名の青年。
その細身の長身からは考えられない重い一撃を繰り出す剣技は、訓練で刃を交えた一般兵を弾き飛ばすほどだった。
鬼神の如き強さと常に燃えるような闘気を身に纏っていることから、仲間の兵たちにも恐れられがちだ。
決して粗暴ではないし、よく見れば端正で品のある顔立ちをしているのだが、いかんせん本人に愛想というものがない。
そして『最凶』と噂される青年──ジャファルは、『死神』のふたつ名を持っている。
かつて【黒い牙】という暗殺集団に属し、その中でも『四牙』と呼ばれる最高の腕を持つ男たちのひとりであった。
故あって、今はその【黒い牙】と敵対しているヘクトルの軍勢に参加していたが、その出身を知り、一撃で敵を屠る『瞬殺』の絶技を目にした兵たちは、やはり彼を恐れて近寄ろうとはしなかった。
どちらの青年も、戦場では沈着冷静。
感情を昂らせることもなく、淡々と敵を倒していく。
彼らの前に敵はなく、彼らが通ったあとには屍の山が築かれるのみ。
同じ軍に属している限りはこの上もなく心強いが、レイヴァンは傭兵で、ジャファルは元・暗殺者。
いつ寝返ってもおかしくない彼らを信用しているのは、鷹揚な性格をしたヘクトルと実直なその親友・エリウッドをはじめとした一軍の人間くらいであった。
──あいつら、弱点ってものがないのか?
──どっちも剣使いだろう? 槍が相手なら不利なんじゃないか?
──馬鹿言うな。あいつらの速さ、知らないのか?
──目にも止まらねぇとは、あれのことだな。
──槍だろうが弓矢だろうが、あいつらほとんど避けるか叩き落とすぞ。
──はぁ? そんな人間いるのかよ。
──だから、あいつらは人間じゃねぇって噂だ。
──はぁん。まぁ、戦力になるなら、人間じゃなくてもいいんじゃねぇか?
──味方でいるうちはな。
人の口に戸板は立てられない。
そんな兵たちの言葉が、本人たちの耳に入ることもあった。
だが、ふたりともそんなことはまったく気にしていなかった。
彼らに交流などあろうはずもなかったが、どこか似通った、殺伐とした雰囲気の青年たちには、感情すらないように見えた。
──だが。
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「──ルセア!!」
戦場で、レイヴァンは声を張り上げた。
迫り来る敵の刃を交わし、槍を弾き、斧を避け、矢を叩き落とし。
体勢を崩し、怯んだ敵を屠っていく。
「──チッ! 邪魔だァァ!!」
手にした鋼の剣をキルソードに持ち替えると、どの敵も一撃のもとに沈んだ。
服が返り血に汚れるのも構わず、彼は鬼神の如き強さで敵を倒しながら、彼の唯一の家族である青年を探した。
自分の周りの敵をあらかた片付け、遠くまで見渡せるようになると、自軍からだいぶ離れたところに金色に光るものを見つけた。
盛大な舌打ちを漏らし、レイヴァンはその光を目指して駆け出した。
同じ頃、『死神』と呼ばれる青年も、戦場で人を探していた。
今までは、どんな標的を前にしても意識が逸れることなどあり得なかったのに、どうにも集中出来ない。
それでも彼の剣が鈍ることはなく、高い守備力を誇るアーマーナイトですら、2度以上の攻撃は必要としなかった。
敵が武器を構える前に斬り捨て、陣形を整える前に殲滅する。
引き締まった細身の身体は返り血すらほとんど浴びることなく、人間業とは思えないその速度と腕に、戦意をなくして背中を向けるものすらいた。
暗殺者として生きてはきたが、ジャファルに人を殺す趣味はない。
逃亡する敵は追わず、彼の紅い瞳は亜麻色の髪を求め続けた。
「──ニノ」
やがて求める姿を見つけてほっとしかけた『死神』であったが、彼女の方へ騎馬が向かっていくのを目にして目を瞠った。
そして、『疾風』の異名を取るもうひとりの暗殺者も舌を巻くような速さで、少女の元へと向かったのだった。
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「リライブ!」
ルセアが杖をかざすと、やわらかな光が溢れ、負傷した兵士を癒していった。
「──あ、ルセアさんだ!」
「──ニノさん?」
駆け寄ってきた少女に、ルセアは目を丸くした。
人が呪文を唱えるのを耳にしただけで魔法を使えるようになってしまったという少女は、軍の中で正式な手ほどきを受け、メキメキと力をつけつつあった。
その潜在的な魔力の高さと魔道の才能は、大国エトルリアで最高位の賢者の称号である『魔道軍将』として名を馳せるパントですら、感嘆と称賛の目を向けたほどであった。
「あたしも手伝うよ!」
最近賢者に昇格し、杖を使えるようになったニノは、地面に倒れこんで苦しんでいる兵士たちに癒しの杖をかざした。
攻撃魔法は呪文を耳にしただけで覚え、回復魔法は一度か二度目にしただけで会得した。
本人に自覚はなさそうだったが、おそらくニノは将来パントと並び立つほどの大賢者になるかも知れない、とルセアは思っていた。
「おひとりですか?」
ルセアの言葉に、ニノは頷いた。
「出撃したときは、ジャファルと一緒だったんだけど・・・」
「はぐれてしまわれた?」
敵味方入り乱れての戦場ではよくあることだ。
「・・・ジャファルは強いから、あたしなんて傍にいなくてもきっと大丈夫なんだけど」
「お戻りになった方が良いのでは? ここは、わたしひとりでも平気ですから」
「それなら、ふたりで癒やした方が速いよ! ルセアさんも、レイヴァンさんのところに戻るんでしょう?」
「えぇ、そうで──ニノさん!!」
頷こうとしたルセアは、迫り来る敵影に悲鳴を上げた。
そうして、思わず手を伸ばしてニノを庇った。
「ルセアさん!!」
ルセアの肩越しにも別の敵を見つけたニノは、杖を取り落として空いた手に、魔道書を持った。
2方向からの敵に挟撃されようとしていたルセアとニノの元へ疾走していたレイヴァンとジャファルは、抜身の刃を持つ手に力を込め直し、速度を緩めることなく敵に斬りかかろうとした。
「──ディヴァイン!」
「──エルファイアー!」
しかし、唱えられた呪文により生じた凄まじい光に目を灼かれ、思わず脚を止めてしまった。
そうして、光と炎が収まったときには。
「ルセア!」
「ニノ!」
呼びかけた声に、振り向く金と亜麻色。
「──レイ……ヴァン様?」
「──ジャファル!」
驚きに目を瞠ったルセアとは対照的に、ニノは嬉しそうな歓声を上げて青年の元へと駆け寄った。
今しがたの凄まじい魔法は、ルセアとニノの放ったものであった。
ルセアは光の、ニノは理の魔法の使い手で、その腕は軍の中でも1、2を争う。
「良かった~。無事だったんだね!」
「あぁ・・・お前も、怪我はないようだな」
「うん! なんともないよ!」
いつも通り元気いっぱいに頷く少女に、ジャファルはほんの少し安堵して息を吐き出した。
「レイヴァン様も、ご無事で──」
「この馬鹿!」
「──ひゃっ」
突如落とされた雷に、ルセアはびくっと肩をすくめた。
「なぜこんな前線にいる!」
「あ、あの、負傷した兵を・・・」
「お前は俺の後ろにいろと言っただろうが!」
「す、すみません……でも」
「言うことが聞けないなら二度と戦場に出るな!」
「──そ、そんな! レイヴァン様、酷いです!」
そんな風に言い合っている主従の隣で、ニノは血のついたジャファルの頬に触れた。
「これ……」
「俺のじゃない。全部返り血だ」
「ほんと……? ほんとに、ジャファル怪我してない?」
「あぁ」
「良かったぁ・・・」
はぁぁぁぁ、と大きく息を吐き出したニノに、ジャファルは少し咎める視線を向けた。
「しかし、お前もなぜこんな前線にいる?」
「ジャファルを探してたの」
「──俺?」
ニノの言葉に、ジャファルは紅い目を丸くした。
「うん! 戦いが始まったときは一緒にいたはずだったのに、ジャファルの姿が見えなかったから・・・きっと、ジャファルは前線にいるんだろうと思って」
無事で良かった、と微笑む少女に、ジャファルは嘆息した。
「・・・心配をかけて悪かった」
「ううん。無事だったから平気だよ」
「これからは、お前の傍を離れないから」
「え? 本当?」
「あぁ。お前は俺が守ると誓ったばかりなのに、すまなかった」
「──う、ううん! 指揮官の指示があったんでしょう? だから平気! 平気だよ!!」
ブンブン首を振るニノに、ジャファルはほんのすこしだけ目元を緩めた。
「ルセア、やはりお前は」
「──聞きません」
「・・・ルセア」
ツン、と顔を逸らした美しい司祭に、レイヴァンは痛む頭を抱えた。
「あのな」
「聞きませんったら聞きません! なんと言われようと、レイヴァン様が戦場に出るなら、私もご一緒します」
「だから」
「待ってるだけは、嫌です・・・」
泣きそうな声にレイヴァンははっとした。
「大人しく待っていたら、レイヴァン様は帰ってきますか? わたしの知らないところで、怪我をしたりはしませんか?」
「ルセア・・・」
「いくらオスティア軍が精鋭を誇っても、レイヴァン様がお強くても、戦場に絶対はありません。死人の出ない戦争なんて、ない・・・」
ルセアはぐっと拳を握った。
「レイヴァン様がわたしを気遣ってくださるのは、とても嬉しいです。でも、わたしだって、レイヴァン様のことが心配なんです!」
わたしにとっても、レイヴァン様は最後の家族なんですから。
そう告げるルセアに、レイヴァンは盛大なため息を零した。
「・・・分かった」
「──レイヴァン様!」
「その代わり、絶対に俺の目が届く範囲にいろ。今度約束を破ったら、──部屋に鎖で繋いででも戦場には出さないからな」
「ありがとうございます!」
何に対する礼だ、と呆れたレイヴァンだったけれど、ルセアが輝くような笑みを浮かべているから思わずちいさく笑ってしまった。
しかし、笑うとルセアが何やかやと煩いので、すぐさま表情を引き締めた。
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愛ゆえに長くなってしまった・・・。
レイルセも、ジャファニノも大好きです。
ルセアが隣にいるレイヴァンは、回避が余裕で70超えます。敵の攻撃はほぼ当たらない。そして2、3回に1回は必殺。
ジャファルはアサシンなので、敵を一撃で屠る『瞬殺』が使えますからね。
しかし、彼らの嫁(男もいるが)は実はとても強いのです。