小ネタや更新記録など。妄想の赴くままに・・・
始まって終わります。
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「──触れても?」
低く静かな声には、どこか懇願の響きがあった。
「・・・お前がかつて、私にそれを問うたことがあったか?」
だから、苛立ちをどうにか押し込めて言葉を返してやった。
それでも、笑顔なんて浮かべてやる気にはなれなくてきつく睨みつけたはずだというのに、目の前の美しい男は軽く肩をすくめて見せた。
どんな仕草であろうとも、嫌味なほど絵になる男だった。
「どうだったかな」
「いつもいつも・・・いつもだ。いつだってお前は私を──」
早口になりかけた言葉は、開きかけた唇の奥に消えた。
塞がれてなどいない。
それどころか、接触を乞うようなことを口にしたくせに、唐突に背に回された腕も、眼の前にあるその厚い胸も、ほとんど身体のどこにも触れてはいなかった。
ただ──胸を掻き毟りたくなるほどの体温が、傍にあるというだけ。
たったそれだけのことに、紡ぐべき言葉を失った。
そう・・・たった、それだけのことに。
「・・・くそっ」
思わず漏れた悪態に、ふっ、と笑みが溢れる気配がした。
顔を上げる気にはならず、男の胸元を──その、心臓の上を、射抜くように見つめた。
「相変わらず、口が悪い」
「お前は私に何を期待している」
「何かを期待してもいいのか?」
笑いたいのだろう、軽く震える肩や胸が、頬に触れそうになる──だけ。
「・・・いつだって、私の都合なんてお構いなしに、好き勝手振る舞うくせに」
「──俺が?」
心外だ、とでも言いたげな口調に、シェラはキッと眦を吊り上げた。
「自覚がないのか」
「自覚ならばしている。俺は今、お前に触れたいと──もっと言えば、抱きしめたいと思っている」
「──っ」
「だが、お前からの許しが得られないからこの有様だ」
限りなく近く、ほんの僅かな薄い空気の膜だけがふたりを隔てる。
軽く首を傾げた男は、深い──信じられないほど深く澄んだ青い瞳で、シェラを見下ろしてくる。
「・・・っ、くそ」
奥歯を噛み締め、眉間に皺を寄せ、唸るような声を喉の奥から絞り出したシェラは、固く握りしめた拳を目の前にある獲物に叩きつけた──すなわち、厚みのある胸板に。
仕立ての良い服に隠されていても、見るからにそこは強靭で、結構な力で殴りつけたというのに足元がふらつくことすらない。
またもや罵りの言葉を舌先に乗せたシェラは、今度は銀色の頭を男の肩口にぶつけた。
ゴツッ、と鈍い音がしたが、自分の頭の方が痛くて、余計に腹が立った。
それでも、男の身体に触れてしまった自分の拳も、頭も、磁石のようにくっついてそこから離せなくなった。
「──それで? 俺は、お前に触れても?」
「・・・」
しばらく沈黙を守っていたシェラだが、やがてボソッ、と呟いた。
「もう・・・触れてるだろうが」
「お前が、であって、俺ではない」
「・・・」
また口を閉ざしたシェラだったが、大きく深呼吸を二回繰り返して、頭を上げ、拳をおろした。
ご丁寧なことに、身体を起こすシェラに触れないよう、長い腕が僅かに開かれる。
「一度しか言わない」
「聞こう」
男が頷くのを見て、シェラは顎を反らした。
「──この、馬鹿めが。さっさと私を奪え、意気地なし!」
男は満足そうにその形の良い唇を持ち上げ──骨が軋むほどの抱擁で応えた。
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ヴァンツァーはズルい男だと思う。
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