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『ハッピーシンセサイザ ほらね 楽しくなるよ 涙拭うメロディ 奏でるよ
強がらなくたっていいんじゃない? 別に 自分に素直になればいい』
カノンとキニアンの声が重なり、その楽しげな歌声に会場から聴こえる手拍子も大きくなっていく。
座って聴いていたはずの生徒たちがちらほらと立ち上がり始め、それは瞬く間に伝染していった。
『何の取り柄も無い 僕に唯一つ 少しだけど 出来ること
ちょっと照れるような 単純な気持ち 電子音で伝えるよ』
間奏に入ると、カノンが踊っている間はキニアンが手拍子を打ち、会場にもそれを促す。
逆にキニアンが踊っているときは、カノンが満面の笑みを浮かべて手を打っている。
ふたりが交互に踊り、2回ずつ同じ振り付けを繰り返すのだが。
間奏が終わる直前、カノンが手拍子を打ち、キニアンが踊っているそのときに。
「──あ、カノン」
不意に肩を叩かれたカノンは、「ん?」と目を丸くして隣の男を見上げた。
なんだろう、何か間違っただろうか、と首を傾げようとしたカノンだったが。
──ちゅっ。
途端、軽い音をヘッドセットのマイクが拾う。
キニアンの頭が、会場からカノンの顔を隠すように重なっているが、何が起きたかは明白で。
会場からは一瞬手拍子の音が消え────直後、嵐のような歓声が上がった。
『きゃ~~~』とか、『ぎゃーーー』とか『ぅおいぃぃぃ~~~!!』とか『やりやがった、畜生!!』とか。
内容はそれぞれだったけれど、盛り上がりは最高潮。
『ハッピーシンセサイザ 君の 胸の奥まで 届くようなメロディ 奏でるよ』
キニアンは、何でもないような顔でサビを歌い出した。
『つまらない「たてまえ」や ヤな事全部 消してあげるから この音で』
何だかとても楽しそうな笑みを浮かべて踊るキニアンの隣で、カノンはただただ呆然としている。
ソナタはひゅうっと口笛を吹き、「やぁ~るぅ~」とキニアンに賞賛の声を贈った。
「・・・ソナタ、カノン君大丈夫・・・?」
ひそっ、とクラスメイトに話し掛けられたソナタは、「平気、平気~」と軽い調子で返したものである。
『何の取り柄も無い 僕に唯一つ 少しだけど 出来る事』
そうしているうちに、カノンが両手で顔を覆ってしまった。
ぎょっとした観客たちから、「頑張って~~~!」の声が上がる。
『心躍らせる 飾らない 言葉 電子音で伝えるよ』
やっぱり泣いちゃってるんじゃないの? とオロオロしているクラスメイトに、ソナタは「違う、違う」と笑った。
「──恥ずか死にそうになってるだけだから」
『ばかーーーーーー!!』
大丈夫、と言おうとしたソナタの耳に、罵声というには随分と舌っ足らずな口調の声が届く。
怒られたはずのキニアンは、何だか余計に楽しそうな顔になった。
それからは、紅い顔をしてヤケになって踊るカノンと、3年分くらいの笑顔を振りまいているキニアンに、会場中が盛大な歓声と手拍子を贈ったのだった。
『ハッピーシンセサイザ ほらね 楽しくなるよ 涙拭うメロディ 奏でるよ
強がらなくたっていいんじゃない? 別に 自分に素直になればいい
何の取り柄も無い 僕に唯一つ 少しだけど 出来る事
ちょっと照れるような 単純な気持ち 電子音で伝えるよ』
フィニッシュのポーズを決めて音が止むと、会場からの拍手はこの日最大のものとなった。
「ばかー、ばかばか、ばかーーーーー!!」
ぽかぽか彼氏の胸や肩を叩いているカノンに、「あはは」とまったく反省した様子のない表情で笑っているキニアン。
音楽が絡むと途端に人の変わる男を、カノンは思い切り睨みつけてやった。
「「「──ちゅーう! ちゅーう!!」」」
キスをしろ、とのコールがかかったので、カノンは目を瞠り、真っ赤になっている顔を腕で隠した。
すっかり固まってしまったカノンに、キニアンは「どうします?」という目線を向けた。
普段の彼ならば絶対にしない反応に、カノンはただただ首を振った。
『卒業式の日に校門の前でキス』とかいう罰ゲームを考えていた人間と同じとは思えないなぁ、とキニアンは微笑ましく思った。
そうして、会場に向けてパチン! と手を合わせると、「ごめんなさい!」と謝罪し、半泣きになっているカノンを抱きかかえるとさっさとステージから逃げ出してしまったのだった。
会場からはブーイングとも応援ともつかない声が上がった。
ソナタは誰もいなくなったステージを見て呟いた。
「──ごちそうさまでした」
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間奏の最後でちゅーというのを書きたくて始めた小ネタでした(笑)
その割に、上手く描き切れてないのが残念ですが・・・。
では、おやすみなさい。