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「何色が好き?」
「は?」
「毛糸の色」
「何で」
「セーター編むの!」
シェラの目的地だった手芸屋さんに入り、様々な色や太さの毛糸が並ぶ棚の前に立ったふたり。
うきうきした表情でヴァンツァーを振り返ったシェラだったが、何とも素っ気ない返事が返ってきて頬を膨らませた。
「セーター? お前が?」
「上手いもんですよ?」
えっへん、と胸を張って見せる当人の言葉通り、玄人はだしの腕前を持つシェラだった。
「ふぅん。じゃあ、アーガイル」
「──えっ」
「紺地に、青みがかった濃いめの灰色の菱形と、白めの灰色を赤で囲った菱形を交互に置いて、白めの灰色で繋いだアーガイル。薄手のやつがいい」
「・・・随分具体的なんだね」
普段美少女キャラのシャツしか着ないくせに、とつい文句が出そうになる。
着るものへのこだわりなんて、変な方向にしか持っていなさそうなのに。
「出来ないの?」
身長差のせいで随分と高い位置から無感動な瞳に見下され、シェラはむっとなった。
「で、出来ますとも! 色は・・・これと、これと・・・青めのグレーってこんな感じ?」
「うん」
「白めのグレーはこれでいい?」
「いいんじゃない?」
「柄は前身頃全体にあっていいの?」
「ううん、左右に1本ずつ」
「・・・はい」
「それ着た俺のこと『真斗くん!』って呼んでくれていいよ?」
「・・・・・・」
何となく想像出来た。
きっと、何かのキャラが着ているセーターなのだ。
だから、あえてシェラは訊いた。
「・・・それ、ゲームのキャラ?」
「うん。『キスよりすごい音楽』がどうのっていうのがキャッチコピーの、女性向けの恋愛アドベンチャーゲーム」
「・・・お義兄様に、頼まれてやったの?」
「うん。作曲家志望の女の子が芸能専門学校に入学して、アイドル志望の男の子ひとりとパートナーを組んで、新人発掘オーディションでパートナーを優勝させるために頑張る話」
「男の子って、さっきの服着た子だけ?」
「6人いるんだけど、まずは学園のAクラスに所属してる3人の誰かとパートナーになって、Aクラスルートをクリアすると、残り3人のSクラスルートが選べるようになる。Sクラスルートのキャラは、Aクラスのキャラのライバルって設定」
毎日何本もゲームしてて、よくこんなに内容覚えてるなぁ、とうっかり感心しそうになったシェラだった。
けれど、口をついて出たのは別の言葉だった。
「び・・・美形?」
「じゃなきゃ売れないだろ。人気声優も使ったフルボイスストーリーだし」
「売れてるの?」
「対象が限られてるソフトにしてはそこそこ」
「・・・ヴァンツァーの『そこそこ』レヴェルって、どれくらい?」
「10万本前後」
「・・・・・・」
頭の中で本数と単価を計算して固まったシェラだった。
「興味あるの?」
「──え?!」
「でもそれ、GSPのソフトだけど」
GPSみたいな名前のそのゲーム機は、『GAME STATION PORTABLE』の略で、TONY社が出した携帯用ゲーム機である。
高解像度のグラフィックを扱えるため、美麗なグラフィックを盛り込み、じっくりと時間をかけてプレイするRPG好みのハードユーザーに人気がある。
ゲーム以外にも、動画、音楽、インターネットや写真アルバムとしても使うことが出来、ちいさなパソコンのような性能を持っているが、反面、天天堂のESのように『老若男女問わず気軽に遊べる』といったイメージは薄い。
骨太ゲーマー向けのハードと言える。
「そうなの? そっか・・・じゃあ、今日買ってもらったESじゃ、出来ないんだね・・・」
しょぼん、と肩を落とすシェラにヴァンツァーは言った。
「乙ゲーに興味あるの?」
「え? うーん、やったことはないけど、イケメンいっぱいだし。うちのゲームショップにも結構ポスター貼ってあるけど、最近のグラフィックってすごいよね!」
顔か、とツッコミそうになったヴァンツァーに、シェラは笑顔でこう言った。
「それに、私もそういうゲームやれば、美少女ゲームにハマるヴァンツァーの気持ち、分かるかも知れないし」
いやいや、分からない方がいいんですよ、と指摘してくれる親切な人は、残念ながらこの場にはいなかった。
シェラの言葉に「ふぅん」と呟いた男は、ひとつ提案をしてきた。
「俺に代わりに、乙ゲーの試作品やってよ」
「──え?! む、無理だよ!」
「男がやるよりマシだ」
「いや、私も男だけどね?」
「小遣い稼ぎにもなるし」
「う・・・」
ヴァンツァーと自分では商品開発能力が雲泥の差だから、同じだけの金額はもらえないとしても、バイト感覚でやるのは悪くないかも知れない。
そもそも、ゲームショップで働いていたのだって、新作ゲームの宣伝らしい美麗なイラストの描かれたポスターに惹かれて連日ぽーっと見つめていたら、店長らしき人に声を掛けられたからだ。
宣伝期間が終わったらあげるから、働かないか、と。
本人の自覚はともかく、ゲームの主人公のような容姿のシェラは非常に人目を引く。
男性客からは『美少女』として、数少ない女性客からはシェラの性別を知ったあとで、という留保は置かれるものの、『王子様』もしくは『受けキャラ』として看板息子になっていた。
「男に甘い言葉ささやかれても、何とも思わないんだよね」
うんざりしたように言うヴァンツァーを見て、それはそうだろうな、とシェラは思った。
「・・・でも、私なんかがやっても、何の参考にもならないよ、きっと」
「ゲーム性どうのは別にいい。男キャラが魅力的かどうか、言われた台詞にときめくか。あと、セーター編めるってことは、裁縫とかも得意なんだろう?」
「おまかせあれ」
どん、と胸を叩くシェラに、ヴァンツァーは頷いた。
「ってことは、ファッションにも興味があるだろうから、キャラが着てる服とか、持ってる小物についてのアドバイスも出来る」
「そんなことでいいの?」
「死ぬほど大事だ。最近はゲーム本体を売るだけじゃなくて、抱き合わせ販売でグッズを売り出すことも多い。歌手のCDなんかも、最近売れなくなってきてるから、特典とかグッズをつけて付加価値を上げて売るケースが多いのと一緒かな。そういう、ゲーム本体だけじゃなくて、二次的な産物の売れ行きも、全体の業績としては結構重要で・・・何だよ、その顔」
ぽかん、と口をまぁるく開けて見上げてくるシェラに、ヴァンツァーは眉を顰めた。
「・・・いや、ヴァンツァー、ちゃんと考えてるんだなぁ、って・・・」
ついつい本当のことを言ってしまったシェラだったので、ヴァンツァーは更に嫌そうな顔をした。
「俺の好き嫌いだけで売れたら苦労しないんだよ」
「あ、うん、もちろんそうなんだけど・・・」
「兄貴たちはともかく、他の役員や開発者を納得させるには、それなりの材料がいる」
「う、うん・・・そうだよね」
「俺が判断したことのツケは結局兄貴たちが払うんだから、適当なこと出来るか」
「・・・・・・」
何だか感動してしまったシェラだった。
妙にきらきらとした瞳で見つめられて、ヴァンツァーはやはり眉を寄せたのだった。
「・・・だから何だよ」
「んーん、何でもない!」
にっこりと笑ったシェラは、納得出来ないといった顔をしているヴァンツァーの腕に自分の腕を絡めて、カゴいっぱいに入れた毛糸の会計へと向かったのであった。
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・・・おかしくない? 底辺なヴァンツァーを描くためのヲタヴァンなのに、何で持ち上げてるの、私(笑)
いや、でも、根は真面目な子なんだよ、という話。自由を得るには、それなりの対価が必要だということをちゃんと分かっているのです。